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リレー随想 - 第36回 -

ヘルスリサーチを想う

医療とマネジメント

慶應義塾大学名誉教授

矢作 恒雄

「医療マネジメント」が多くの大学のカリキュラムに組み込まれたり、新学科として導入され始めて久しい。一般的に「医療マネジメント」では病院経営や健康保険制度なども含む国単位の医療システムを取り上げる。これは医療機関の経営、国単位の医療システムなどに関心を持つ受講生にとって魅力的な内容と思われる。

しかし、医療機関の経営は医療業界の特殊性さえ理解すれば、マネジメントのプロにとって特に難しいものではない。組織のトップにとって最重要かつ最も難しいことは、その組織の理念・価値観を組織のメンバー間の「共有理念・価値」としてどれだけ浸透させるかであり、それが経営の成否を決めると言っても過言ではない。幸いなことに、医療機関の場合は組織の理念・価値観と医師・看護師達、医療プロの理念・価値観とはほぼ一致しているので、経営者にとって極めて良い環境が最初から用意されているとも言える。

昭和23年制定の医療法もその後の改正により、条件付きではあるが医師資格を持たない者にも医療機関のトップである理事長への道を開いた。しかし、医療機関の管理者が医師でなくてはならないとの規定は厳格に維持され、その責務詳細が明示されている。但し、筆者の知る限り、「管理者」の権限は明確化されておらず、医療機関の誰が「管理者」なのかも明示されていない。(一般的には法的定義のない病院長が「管理者」である)

医師免許を持たぬ筆者自身が企業や大学のトップマネジメント経験者として大学病院の経営に関与したが、どう見ても医療機関の経営が特殊なものであるとは思えない。これからの医療機関は、そのトップ決定に当たっては、理事長と管理者(病院長)の権限を明確にした上で、医師に加えマネジメントのプロも含めた候補者から選別することを提言したい。

一方、「マネジメント」を「目的を持った組織を競争環境の中で効率的・効果的に運営し、目的を達成する機能」と常識的に定義すれば、患者の疾病を治療する医師の行為こそマネジメントそのものであることが明白になる。つまり、医師は目の前の患者の疾病を治すという明確な目標を持ち、必要であれば自分の専門外の医師や看護師たちの支援も得ながら、時間経過と疾病悪化との競争を制し効果的・効率的に目標を達成しなければならない。つまり、患者、医師自身そして支援してくれる医師・看護師から構成される「組織」の陣頭に立って目標を達成するのが医師の医療行為であり、これは立派なマネジメントである。

上述した通り、「医療機関の経営」自体、決して特殊なものではないことを前提とすれば、医学部の必修科目の中に、医師個人の医療行為の本質である「マネジメント」の概念を正確に身につけるための科目を加えることを提唱したい。

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