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リレー随想 - 第 22 回 -

ヘルスリサーチを想う

ヘルスリサーチと語り得ぬもの

自治医科大学 医療安全対策部 教授

長谷川 剛

科学が「なぜ?」という疑問に答えるための人類の営為であるとするなら、ヘルスリサーチもそういった科学の一分野である。「なぜこの地域の人々は長寿なのだろうか?」「なぜこの地域で脳卒中の発生が多いのだろうか?」「なぜ喫煙者に喉頭がんが多いのだろうか?」など。ヘルスリサーチは政策決定の手段でもある。多くの場合、ある信念(それは純粋科学の世界では「仮説」と称される)が存在し、その信念の検証のために特定の集団や地域を対象に観察や介入が為される。その結果をもとに政治的決断が為される。
一方でヘルスリサーチにおいては、人間的な悲嘆や苦痛が発生することがある。介入が喜びや幸せを生み出すこともある。これらは科学の方法論では排除されるべきとされる「語り得ぬもの」(ウィトゲンシュタイン)だ。

ヘルスリサーチ特有の人間の関与や付随する快苦において、それが世界を見直し組み換える契機となることも事実だ。科学が語り得ぬものとして排除したものについて、ウィトゲンシュタインならヘルスリサーチでは決して忘れてはならぬ大切なものだとあえて言ってくれそうな気がするのだ。

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