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リレー随想 - 第 10 回 -

ヘルスリサーチを想う

基礎研究成果の実用化

国立国際医療センター 名誉院長

小堀 鴎一郎

1996年夏、わが国で病原性大腸菌O157による下痢症の集団発生が相次いだころの話である。国立国際医療センター研究所長であられた竹田美文先生は1980頃より病原性大腸菌O157とベロ毒素の研究に着手され、ベロ毒素の毒素蛋白質とそれをコードする遺伝子の構造を決め、更にベロ毒素が動物細胞の蛋白合成を阻害する複雑なメカニズムを明らかにした、この分野での第一人者である。その竹田先生が当時「早く診断する方法はないのか」、「治療法は確立しているのか」、「抗生物質は有効なのか」、「ワクチンはないのか」といったマスメディアや現場の医師からの切実な問いに的確に答えることが出来なかったと学士会報に書かれていたことを記憶する。このことは学問の追究と成果の応用は本来異質の立場のものであることを示しているが、その後10年、独立行政法人化した国立研究機関を中心に基礎研究から応用研究へと直結させる研究が大型研究費を軸に行われるようになっている現状と合わせ、研究成果の応用のプロセスに影響を与える社会や環境因子の調査研究に軸足をおいた『ヘルスリサーチ』の重要性が更に高まることが予測される。

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