ライブラリー

vol.71

※研究期間、共同研究者の所属・職名は助成時のもの

平成26年度(2014年度)国際共同研究

ICTを用いた糖尿病自己管理システムの開発と医学的効果の検討

脇 嘉代

東京大学大学院医学系研究科 健康空間情報学講座 助教

脇 嘉代

共同研究者
  • Edoardo Mannucci
  • Director, Careggi teaching hospital, Italy
研究期間
2014年12月1日~2015年11月30日
背景と目的

地中海式ダイエットで知られるイタリアにおいても、高齢化や糖尿病患者の増加が問題となっている。糖尿病患者にとって、良好な血糖コントロールを維持するために食事や運動療法は治療の基本であるが、その継続は容易でない。個人の生活が多様化する中で継続的な療養指導を行なう仕組みが求められている。我々はこれまでに、2型糖尿病患者を対象としたICT自己管理支援システム(DialBetics、以下システム)を開発し、システムの利用による医学的効果を報告してきた。システムの利用による血糖コントロールの改善は、血糖値や血圧を毎日測定し、それらを可視化することで患者自身の意識が高められ、生活習慣が改善した可能性が考えられた。イタリアを含むEU諸国においては、mHealth(モバイルヘルス)に関するグリーンペーパーが発行されるなど、医療分野におけるICT(information and communications technology)の活用が期待されている。そこで、イタリアにおける DialBetics の有効性を検討した。

研究内容
  1. イタリア Pavia大学との共同研究として実施した。本学はシステムの開発、測定機器類の提供、患者登録データの確認等を担当した。Pavia大学は、患者対応、患者リクルート、身体測定、機器類の管理等を行った。
  2. システム:患者はスマートフォンを通して測定データ(血糖値/体重/血圧/運動量)を登録する。結果が自動的に判定され、リスクに応じて層別化後、個別対応が不要な患者に自動対応し、登録された食事/運動に対して随時フィードバックを行なう。
  3. Fondazione Salvatore Maugeri 病院に通院中の2型糖尿病患者(35~65歳、非インスリン治療、HbA1c 6.5~8.2%)36名を対象に、システムを用いた3か月間の測定を行った。
  4. 試験開始時および終了時は、身長・体重(BMI)・ウエスト周囲径・血圧・HbA1c・血糖値・脂質(LDL, HDL, 中性脂肪)を測定し、終了時に DialBetics の有用性に関するアンケート調査を行った。患者は毎日、血糖値、血圧、体重を測定し、運動と食事内容について登録した。食事はイタリア料理データベースを用いた。
成果

対象者は、年齢56.3±6.4 歳だった。BMI(-0.7±1.1kg/m², p=0.001)、ウエスト周囲径(-3±3cm, p<0.01)、HbA1c(-0.4±0.8%, p=0.02)、収縮期血圧(-8±19mmHg, p=0.015)が開始時よりも終了時に有意に改善した。拡張期血圧、血糖値、血清脂質濃度および栄養素等摂取量に有意な変化は認められなかった。アンケート調査からは、20名(61%)が引き続きシステムを使用したい、28名(88%)が糖尿病の自己管理に役立ったとの回答が得られ、概ね有用であった。イタリアにおいても、糖尿病の自己管理システムの有効性が確認された。

考察

DialBetics の利用により HbA1c が低下し、同時に体重減少及び収縮期血圧の低下が認められた。患者の自己申告記録からは具体的な食事内容の変化を捉えられず、食事との直接的な関連性は確認できなかった。一方、アンケート調査より、測定値を意識するようになった、血糖コントロールが改善した、間違いに気付いた、食事や治療を守るようになったといった声が聞かれ、測定値のモニタリングにより、生活習慣に対する意識が高まった結果、血糖コントロールが改善したと考えられた。日本国内で実施した臨床試験と同様の効果が確認され、本システムの自己管理支援における有効性が示唆された。

平成27年度(2015年度)国内共同研究

同意未取得の医療情報利活用に向けた
匿名化技術の適用可能性検証

栗原 幸男

高知大学医学部看護学科 保健医療情報学教室 教授

栗原 幸男

共同研究者
  • 石田 博
  • 山口大学大学院医学系研究科医療情報判断学 教授
  • 木村 映善
  • 愛媛大学大学院医学研究科社会・健康領域医療情報学講座 准教授
  • 入野 了士
  • 愛媛県立医療技術大学保健科学部看護学科地域・精神看護学講座 助教
研究期間
2015年12月1日~2016年11月30日
背景と目的

医療情報には人に知られたくない機微情報が含まれており、個人の医療情報を正当な理由なく第三者に提供することはプライバシーの侵害に繋がる。そのため、医療情報の第三者提供について、多くの保健・医療機関は慎重である。2001年に個人情報保護法が制定された以降は医療情報の利活用における手続きがより多くの手順を要するものとなり、むしろ利活用し難い状況となった。個人情報保護法の2 つの柱であるプライバシー保護と個人情報の利活用のバランスを取る形で、2017年5月末に改正個人情報保護法が施行された。改正法では匿名化について言及し、一定の基準を満たせば、匿名加工データとして利用できるようになった。匿名加工することによりどの程度データの利用価値が下がるかは、利用の仕方に依存する。本研究者等は法改正の1年前からその点に着目し、匿名加工より対象集団の基本的な統計量にどの程度の影響ができるかを医療データを用いて検証することとした。また、匿名化が健診データを保持している健診機関の二次利用促進に繋がるかも調査することとした。

研究内容

診療データは非常に多くの項目があり、直接匿名化の対象とするのは容易でない。項目数は少ないが、データ量も多く一般の人にもなじみのある健診データに着目した。実データとしては、研究参加メンバーの大学附属病院から倫理審査承認後、健診受診者レベルの患者のデータを抽出した。匿名加工の方法としては、特異値(非常に大きいか非常に小さい値)を凝縮後、確率的にk 個以上の特定化ができないPk匿名化技法と、単純に特異値を排除し、ノイズで一意性を排除する方法を試みた。平均値、分散、相関係数への影響を調べた。健診機関に対する二次利用調査では、全国300機関をランダムに抽出し、アンケート調査を実施した。二次利用実施の有無、実施での同意取得方法、外部機関へのデータ提供状況、外部機関に対する条件、匿名化条件および合法的な匿名化下でのデータ提供に対する対応について調査した。

成果

健診機関に対する健診データの二次利用の調査では、79施設から回答があった。6割弱の施設が二次利用を行っており、二次利用に際して4割弱が同意書で受診者同意を得ていたが、オプトアウトが3割強、データの匿名化を理由に直接同意を得ていない施設が2割であった。外部機関への提供は8割が実施しており、その際の条件として、利用目的の妥当性、データの匿名化、しっかりとした情報管理を3/4の施設が求めていた。高い匿名性があれば、無条件で提供する施設は1/4であった。

性別と年齢区分の準識別子と10個の検査値で1セットとなるデータから完全に一意性を排除することは困難なので、1検査毎の一意性排除をノイズ混入で行い、特異性除去をミクロアグリゲーションで行った。平均値の誤差は小さいが、標準偏差の誤差はかなり大きい。特に正規性からずれた分布の検査で誤差が大きい。相関係数については特異値をカットし、5パーセンタイルでのノイズ混入では大きな誤差はでなかった。

考察

個人情報保護法の改正により匿名加工した医療情報の利用に道が開けたが、匿名加工の方法についてはこれから様々な検討が必要である。本研究はその先駆け的なものであり、考慮すべきことが十分取り入れられたとは言えないが、匿名加工する上での一定の示唆を得ることができた。意識調査からも法律に則った匿名化であれば、医療情報の二次利用に対する了解も得られ易いことが示された。今後、医療情報の利活用を可能とする匿名加工について、実データを用いた幅広い検討が必要である。

平成27年度(2015年度)国内共同研究

改良型STOPPを用いた戦略的ポリファーマシー解消法

木村 丈司

神戸大学医学部附属病院薬剤部 主任

木村 丈司

共同研究者
  • 小倉 史愛
  • 神戸大学医学部附属病院薬剤部 薬剤師
  • 大路 剛
  • 神戸大学医学部附属病院感染症内科 講師
  • 金澤 健司
  • 神戸大学医学部附属病院総合内科 講師/診療科長
研究期間
2015年12月1日~2016年11月30日
背景と目的

ポリファーマシーとは、不必要な多剤併用に加え、医薬品の不適切処方全般を意味し、薬物有害反応の増大、薬物‒薬物間や薬物‒疾患間の相互作用の増大、医療費の増大等の要因となる世界的規模の課題である。特に高齢化社会と医療費が高騰する本邦では喫緊の課題であるが、これまで本邦では、その現状評価や具体的な解決策は十分に検討されていなかった。不適切処方を検出するための手段として様々な criteria が開発されている。この内STOPP/START criteriaについては世界中で用いられ、その有用性を検証した報告が多くあるが、本邦で適用した場合の有用性は十分に検証されていなかった。本研究では、ポリファーマシーの定義の一つである潜在的に不適切な処方(Potentially inappropriate medications:PIMs)の現状を調査し、有効な解決方法を検証する目的で、STOPP criteria ver.2を用いた調査・介入を実施した。

研究内容

研究期間は2015年4月~2016年3月として、当院の3病棟に新規に入院した65歳以上の患者を対象とした。対象患者の入院時持参薬について、薬剤師がSTOPP criteria ver.2を用いてPIMsのスクリーニングを行い、criteria に該当した場合は薬剤変更によるベネフィットとリスクを勘案し、患者の処方変更に対する意向も確認した上で、ベネフィットが上回り患者が薬剤変更に同意した場合に薬剤を変更した。評価項目は STOPP criteria ver.2に該当した患者数、STOPP criteria ver.2の項目別に見た該当件数および処方変更数とした。

成果

対象患者は822名(年齢中央値(四分位範囲):75.0歳(71.0‒80.0), 男性:54.9%)のうち、PIMsを有する患者は346 名(42.1%)であった。PIMsを有する患者は有しない患者と比較して有意に服用薬剤数が多かった(薬剤数中央値(四分位範囲):10.0(7.0‒13.0) vs. 6.0(4.0‒9.0), P<0.001)。対象患者を診療科別に見ると、STOPP criteria ver.2の該当割合はいずれの診療科も30%を超えていた。該当したPIMsをSTOPP criteria ver.2の項目別にみると651件であり、そのうち310件(47.6%)について薬剤師が医師に処方変更を推奨し、292件が処方変更となった。PIMsを薬効分類別に集計すると、ベンゾジアゼピン系薬剤に関連するものが最も多く(306件/609件)、次いでNSAIDsに関連するものが多かった(111件/609件)。

考察

PIMsを有する患者の割合は42.1%と高く、日本でも多くの患者に PIMsが処方されていることが示唆された。またいずれの診療科でもPIMsは処方されており、診療科や患者の背景に関わらず薬剤師が介入することの有用性が示唆された。薬剤師の処方変更の推奨に対する医師の受け入れ率は94.2%と高かったが、一方で入院期間が短く薬剤調整が難しい症例や、睡眠導入剤等で患者が薬剤変更を希望しない症例など、薬剤師が処方変更を推奨できない症例も多くあった。該当薬剤としてはベンゾジアゼピン系薬剤が多く、これらの薬剤が日本では不適切に使用されている例が多い可能性が示唆された。STOPP criteria ver.2を用いて薬剤師が処方内容の評価および PIMsへの介入を行うことは、本邦におけるポリファーマシーの是正に対して有用な対策である可能性が示唆された。

研究助成成果報告一覧