ライブラリー

vol.70

※研究期間、共同研究者の所属・職名は助成時のもの

平成25年度 国内共同研究(年齢制限なし)

携帯情報端末を用いたあたらしい眼科教育システム

杉本 昌彦

三重大学医学部附属病院眼科学教室 講師

杉本 昌彦

共同研究者
  • 杦本 由香
  • 三重大学医学部 助教
研究期間
2013年10月1日~2014年3月31日
背景と目的

社会的な要請で医学生や研修医は早い段階で診療技術の習得が求められる一方、医師不足などで教育は難しくなってきている。これは三重県などの地方都市で顕著である。県内の眼科医は不足しており、当院からも遠隔地病院への週1-2回の派遣を行なっているが、指導医によるバックアップシステムが患者負担をなくすためには必須である。

本プロジェクトの目的は、診療施設の設備に依存しない、簡便な診療支援システムを構築し、遠隔からの研修医指導が行えることを明らかにすることである。また、同時に病院の所在地や診察医師の専門や経験年数によらず適正な医療の提供に貢献できることを明らかにする。

研究内容

眼科診察には細隙灯顕微鏡や眼底鏡を用いた検査が重要である。これらは画像機器を用いて撮影することで他者が客観的に評価することができる。しかし画像撮影には高価なカメラユニットが必要であり、これはどの施設でも手に入るものではない。

市販されている携帯情報端末(Apple社 iPodなど)を用いて細隙灯顕微鏡や眼底鏡所見を取得する方法が報告されており、今回はこれらを用いた遠隔指導システムの構築を検討した。

今回、当科研修中の初期・後期研修医を対象とし、院内・外勤先で携帯端末を使用してのコンサルトを行った。とくに判断の迷った患者について機器を用いて画像を取得し、インターネット回線を用いて担当指導医に転送し、指示を仰いだ。他科においても本法によるコンサルトをおこなっていただき、他科診療での有効性も検討した。

成果

簡便な診療画像取得システムを構築し、容易に指導医へのコンサルトが可能となった。若手医師の診療技術向上だけでなく、遠隔地医療の側面も持ち、まさに田舎である三重県に適したシステムであり、県内遠隔地への応用が可能となった。

考察

情報化社会において、携帯情報端末を用いた簡便な診療支援システムが今後拡大してゆくことが予想される。

欠点としては、セキュリティを重要視した場合、システムが複雑となりサーバーへのアップロードなどが煩雑となるため、実用に則さないシステムになることである。今後、簡便性を維持したままセキュリティ面も配慮したシステムの構築を考えなければならない。

ありふれた機器を使うことにより、導入・維持コストなども軽減できるシステムを構築できた。本システムは若手医師の診療技術向上だけでなく、遠隔地医療の側面も持ち、まさに田舎である三重県に適したシステムである。県内遠隔地に質の高い医療を提供することが可能となる。

平成26年度 国内共同研究(年齢制限なし)

要支援高齢者のケアニーズパターン分類に関する
評価指標の確立

河野 あゆみ

大阪市立大学大学院看護学研究科 教授

河野 あゆみ

共同研究者
  • 曽我 智子
  • 泉大津市地域包括支援センター(泉大津市社会福祉協議会) 保健師/
    地域看護専門看護師
  • 金谷 志子
  • 大阪市立大学大学院看護学研究科 准教授
  • 吉行 紀子
  • 大阪市立大学大学院看護学研究科 前期博士課程大学院生
研究期間
2014年12月1日~2015年11月30日
背景と目的

高齢者の要介護化の予防は急務の課題である。介護保険制度下の要支援高齢者の一部は、サービス利用にかかわらず、要介護化が促進されている傾向が指摘されている。要支援高齢者は虚弱性に起因する多様なケアニーズを持つため、個別支援のみでは限界があるが、そのニーズを系統的に把握するアルゴリズムは確立されていない。人口減少超高齢社会のわが国にて限られた資源を有効に配分し介護予防が成功するためには、ケアニーズに応じたサービス等の推計を行う必要がある。本研究では、保健医療福祉職が把握した要支援高齢者のケアニーズパターンと包括的虚弱性ならびに介護予防サービス利用との関連を明らかにし、ケアニーズパターン分類に関する評価指標のあり方を検討する。なお、包括的虚弱性は初めて使用する日本語版Tilburg Frailty Indicator(TFI)にて測定しその汎用性を検証する。

研究内容

調査対象はA市の65歳以上の要支援高齢者1033名である。介護予防サービス利用状況は市の介護給付データより、対象者のケアニーズや包括的虚弱性は看護職、社会福祉士、ケアマネジャーによる訪問面接にて把握した。面接では、包括的虚弱性をTFI、TFIの汎用性を評価する指標として身体的側面には握力低下とBody Mass Index(BMI)による低体重、精神心理的側面には抑うつと認知機能低下、社会的側面には近隣の人との交流について把握した。ケアニーズについてはアセスメント46項目から訪問者が病状進行型、判断能力低下型、移動能力低下型、活動能力低下型を判定した。なお、分析対象は、訪問完了者710名のうちTFIの欠損値のなかった682名である。

成果

対象者682名(100%)中、病状進行型の者が53 名(7.8%)、判断能力低下型の者が147名(21.6%)、移動能力低下型の者が351名(51.5%)、活動能力低下型の者が131名(19.2%)であった。有意な関連はなかったが、病状進行型の者には前期高齢者や夫婦のみ世帯の者が多く、判断能力低下型の者には独居者や教育年数が5 年以下の者が多かった。移動能力低下型の者は包括的虚弱性が有意に高かった(OR=1.6,95%CI=1.2-2.1)。ケアニーズパターンとサービス利用は有意に関連しており(p=.0049)、病状進行型の者にサービス未利用者が多く(43.4%)、移動能力低下型の者に訪問介護・通所介護以外のサービス利用・併用者が多かった(31.9%)。TFIによる包括的虚弱性と有意な関連がみられたものは、握力低下あり(OR=1.6,95%CI=1.2-2.3)、抑うつあり(OR=4.3,95%CI=3.0-6.2)、親しく話ができる近所の人がいない(OR=1.8,95%CI=1.3-2.6)であった。

考察

本研究では要支援高齢者のケアニーズパターンを4パターンに分類し、包括的虚弱性やサービス利用との関連を明らかにした。対象の過半数を占めていたケアニーズは移動能力低下型であり、次いで判断能力低下型と活動能力低下型であり、病状進行型は約8%であった。病状進行型の者はサービス未利用者が多く、現行の介護保険サービスに対応していないニーズを持っている可能性が考えられた。また、移動能力低下型の者はTFIで測定した包括的虚弱性の発生率が高く、訪問介護・通所介護以外のサービス利用・併用者が多かったことから、優先順位の高いケアニーズを持っていると考える。包括的虚弱性を把握する指標として日本語版TFIを使用したが、身体、精神心理、社会的側面のほぼすべてについて併存的妥当性が確認でき、汎用性があると考えられた。

平成26年度 国内共同研究(年齢制限なし)

人生の最終段階での人工的栄養への
新しいタイプの事前指定の試み

山口 泰弘

東京大学大学院医学系研究科加齢医学講座 講師

山口 泰弘

共同研究者
  • 飯島 節
  • 国立障害者リハビリテーションセンター 自立支援局長
  • 森 浩美
  • 東京大学医学部附属病院看護部 師長
  • 山口 潔
  • ふくろうクリニック等々力 院長
研究期間
2014年12月1日~2015年11月30日
背景と目的

超高齢社会にある本邦において、認知症の進行した高齢者の医療は重要な課題である。認知症が進行すると経口摂取が困難になることが多く、人工的栄養の適否が臨床現場で議論になる。健常者を対象とした過去の調査では、終末期の人工的栄養を希望しない回答が多いが、実際の医療場面での選択と大きな乖離がある。高齢者が自身の意思を明らかにすることが選択の一助となるが、本邦の高齢者が、自身の将来として、終末期医療をどう考え、その考えが経時的に変化するのか、ほとんど調査されていなかった。我々は、高齢者を対象に、自身の終末期における人工的栄養に関する意思を調査し、その結果を診療録に残すことが可能か、経時的に変化するかを検討し、本邦でのリビング・ウィルの有効性とあり方を検討した。

研究内容
  1. 当科の75歳以上の検査入院患者で Mini Mental State Examination(MMSE)21点以上の者99名を対象とした。ただし、予後2年未満と見込まれる患者、および易怒性や抑うつの強い患者は、除外した。個室での面接により、終末期における人工的栄養について、経腸栄養(胃瘻、経鼻胃管)と中心静脈栄養について、それぞれ、“始めて欲しい”、“どちらかといえば始めて欲しい”、“わからない”、“どちらかといえば始めて欲しくない”、“始めて欲しくない” を選択頂いた。あわせて、栄養不足による死の受容について、同様の5つの選択肢で質問した。加えて、回答を診療録に残す意志などを質問した。本調査では、認知機能やADLが回答率や回答分布に与える影響についても解析した。
  2. 同時に、当科の75歳以上の外来患者で、認知症や強い抑うつのない者99名を対象に、無記名で同じ調査を施行し、面談の場合と回答の分布を比較した。
  3. 続いて、前回面談で回答した患者のうち、2015年8月時に当科外来に引き続き通院している患者を対象に、同じ質問を書面により調査し、意思の経時的変化を解析した。
成果
  1. 面談による終末期の人工的栄養の意識調査の対象者99名中、76名が回答し(76.8%)、64名が回答を診療録に残した(64.6%)。回答者76名中、経腸栄養を希望する方向の回答は12名(15.8%)、“わからない” 19名(25.0%)、“どちらかといえば始めて欲しくない” 18名(23.7%)、“始めて欲しくない” 27名(35.5%)であった。他の質問項目についても、回答分布に有意な差はなかった。回答拒否者には、MMSE23点以下の者が有意に多かったが(p=0.018)、回答者の中での回答分布には、年齢、MMSE、ADL等のいずれも影響しなかった。また、20名の患者は、全質問で明確に人工的栄養を拒否したが、その意思を他人に伝えたことがあるのは11名のみであった。
  2. 無記名による書面の調査では、回答率は61.6%に低下したが、全対象者の中で人工的栄養に拒否的な回答の割合は、面談法とほぼ同じであった。
  3. 当科外来通院を継続している患者31名に質問紙を配布し、19名から回答を得た(回答率61.3%)。前回の回答で人工的栄養に拒否する方向の回答であった者については、各質問の今回の回答の前回との一致率は、90.9%、88.9%、100%であったが、前回の回答が “わからない” あるいは、人工的栄養を希望する回答であった者の回答では、前回との一致が、各質問で、わずかに25.0%、20.0%、22.2%で有意に低かった。
考察

高齢者自身が調査に参加し、“わからない” 以外の回答をした割合が約50%であり、特に本邦において、自己決定の難しさを反映している。認知機能やADLの低下が回答の分布に影響していないことから、病状の変化が強く意思に反映されるものではないことが示唆された。一方で、認知機能が低下してくると、このような調査に積極的に関わろうとしなくなるため、その意思をみることはさらに困難になると予想された。本調査では、全患者の約20%が、いずれの質問においても、明確に人工的栄養を拒否する方向で回答した。この割合は少ないようにみえるが、重要なことに、これらの患者の約半数は、その考えを誰にも話したことがなかった。また、このような回答者の意思は、少なくとも、単に年齢を経ただけでは、ほとんど変化がなく、予想以上に強固なものであった。これらの意思が、実際に死期を直前にしても変化しないのか不明であるし、変化した少数例を無視してよいわけではないが、何等かのかたちで、元気なときの自身の考えを残すすべは、この20%の方には重要と思われる。また、“どちらかといえば” 希望しない者が、同じく全体の20%いるが、これらの回答も経時的には驚くほど変化がなく、必ずしも考えがあいまいなわけではないことを示唆している。将来の当事者に決定変更の余地を残すために“どちらかといえば” を選択したと予想され、このような回答も幅広く残すシステムも重要と考えられる。

平成26年度 国内共同研究(満39歳以下)

地域網羅的救急医療ビッグデータの解析による
救急搬送改善の試み

片山 祐介

大阪大学大学院医学系研究科生体統御医学講座救急医学教室 医員

片山 祐介

共同研究者
  • 石見 拓
  • 京都大学環境安全保健機構附属保健科学センター 准教授
  • 北村 哲久
  • 大阪大学大学院医学系研究科環境医学 助教
  • 林田 純人
  • 大阪市消防局救急部救急課 課長代理
研究期間
2014年11月1日~2015年10月30日
背景と目的

日本において、救急患者は救急隊を要請し、現場に到着した救急隊により患者の状態に応じて対応可能な医療機関が選定され、医療機関の了解を取り搬送される。近年、日本の高齢者の人口割合は激増している。米国の研究では高齢者は病院への受診手段を救急車に依存しており、日本においても高齢者の人口割合が増加するにつれて救急隊への搬送要請件数は増加している。その結果として、救急隊要請から医療機関に搬送されるまでの時間は延長するだけでなく、搬送先医療機関がなかなか見つからない、いわゆる「搬送困難」が社会問題化しているが、時間帯や曜日といった時間的要因、場所といった地理的要因、年齢・性別・救急要請理由といった傷病者要因が「搬送困難」に及ぼす影響は明らかにされていない。本研究の目的は、人口ベースで収集した消防機関の救急活動記録を用いて、これらの要因と「搬送困難」の関係性を明らかにすることである。

研究内容
対象:
大阪市消防局が2013年に救急搬送した221,139例のうち、現場の救急隊員が病院を選定した100,649例。
方法:
搬送困難の定義を搬送先医療機関が決定するまでに5回以上要した事例とし、救急活動記録から、年齢、性別、外国人かどうか、意識障害の合併(GCS8点以下と定義)、救急要請した時間帯(9-17時をdaytime、0-8時及び18-24時をnighttimeと定義)、週末または祝祭日であったかどうか、救急隊を要請した理由を抽出し、搬送困難発生との関係をロジスティック回帰分析で評価した。
成果
  • 搬送困難と関連を認めた要因は、65歳以上の高齢者(adjusted OR 1.107, 95% CI:1.061-1.156)、外国人(adjusted OR 2.393, 95% CI:1.752-3.268)、GCS8点以下の意識障害の合併(adjusted OR 1.234, 95% CI:1.140-1.336)、週末または祝祭日の発生(adjusted OR 1.362, 95% CI:1.262-1.470)、夜間帯(adjusted OR 2.426, 95% CI:2.321-2.536) であった。
  • 救急車要請理由では、労災(adjusted OR 1.415, 95% CI:1.157-1.731)、偶発的なガス中毒(adjusted OR 3.281,95% CI:1.201-8.965)、傷害(adjusted OR 2.662, 95% CI:2.390-2.966)、自損による大量服薬/ガス中毒(adjusted OR 4.527, 95% CI:3.921-5.228)、自損による外傷(adjusted OR 1.708, 95% CI: 1.369-2.130)が「搬送困難」と関連していた。しかし、小児(adjusted OR 0.375, 95% CI:0.340-0.414)や産婦人科関連疾患は(adjusted OR 0.234, 95% CI:0.158-0.347)むしろ「搬送困難」とは逆の関連を認めた。
考察
  • 診療している医療機関が少ない「週末または祝祭日」や「夜間帯」は搬送困難と関連していたが、これは輪番制の拡充や勤務体制の見直しなどを行うことで改善する余地が存在する。また、従来から問題が指摘されている自損に関する傷病について本研究結果においても同様の結果であり、今後の対策が必要である。
  • 一方で、小児や産婦人科関連疾患が搬送困難の発生とは関連しない結果については、これまでの医療機関や行政の取り組みが有効であったことを示唆している。

研究助成成果報告一覧