平成11年度
vol.30
平成11年度 国際共同研究
アメリカ合衆国におけるセカンド・オピニオン制度の現況
並びに同制度を本邦に導入するにあたっての社会基盤上の
問題点とその解決指針
代表研究者
京都大学大学院医学研究科循環病態学 助手
木原 康樹
- 研究期間
- 1999年10月1日~2001年3月31日
- 共同研究者
- Beth Israel Deaconess Medical Center East Campus and Harvard Medical School Professor ジェイムズ・P. モーガン
神戸大学大学院医学系研究科社会情報医学 教授 鎌江 伊三夫
神戸大学医学部社会情報医学講座都市安全医学 相野 博司
(1)緒言
セカンド・オピニオンとは、担当主治医以外の医療専門家に現在の診断・治療方針について独立した立場より意見を求める医療制度である(1, 2)。米国では、この20年間に社会医療制度として定着してきたが、本邦ではまだ目新しい術語といえる(3, 4)。本邦医療の世界標準化を推進する上においても、インフォームド・コンセントと並んで次世代医療制度の根幹を形成する重要なコンセプトと考えられる。本研究では同制度が発展かつ定着した米国の現況を調査するとともに、本邦医療従事者間における制度に対する認識具合を把握し、来るべき制度改革への提言をまとめることを目標とした。
(2)対象と方法
本邦における調査は、姫路医師会員を実地医療関係者の代表として、また、神戸大学付属病院を医学教育機関の代表として各々の構成員である医師に対する郵送によるアンケート方式により実施した。米国医療機関における調査は、Northwestern University, Harvard University/MGHのPrimary Care DivisionおよびCurrent Medical Diagnosis & Treatmentのe-mailリストを用いてe-mailによる回答形式およびHarvard Universityにおける研究協力者の叙述的意見聴取により実施した。統計学的検討は、2×2分割表に対してカイ2乗検定を行い、有意水準は5%とした。
質問項目
- セカンド・オピニオンの認知度について
- セカンド・オピニオンに関係する医療行為の経験について
- セカンド・オピニオンという言葉から連想する言葉について
- セカンド・オピニオン制度の必要性について
- 回答者の標榜について
- 回答者の診療形態について
(3)結果
姫路医師会における調査では、アンケートの回収率は46%(294/635)であった。また、神戸大学病院でのアンケート調査の回収率は56%(33/59)、米国医療機関に対するアンケート調査の回収率は13%(29/230)であった。
質問1については米国医療従事者に対するアンケートでは、制度としてのセカンド・オピニオンは100%周知されていることが判明した。神戸大学病院在籍の医師に対する同じアンケート調査においても、82%が制度に対する明確な認識を有していた。一方、姫路市医師会会員を対象としたアンケートでは、本制度への認識は46%に留まっていた。本制度への認識度に関しては、神戸大学病院在籍医師の方が姫路市医師会員よりも高いとの結果で、統計学的にも有意な差を認めた。
何らかの形でセカンド・オピニオンに関する診察行為ありという回答の割合は、神戸大学病院97%、米国100%と高率を示したが、姫路医師会では56%に留まり、セカンド・オピニオンに関する診療行為への経験が少ないという結果が見出された。
セカンド・オピニオンから連想する言葉については「インフォームド・コンセント」、「標準的医療」、「患者の知る権利」、「医療訴訟・医療紛争」、「医療支出の削減」、「エビデンスに基づく医療」、「病診連携」、「何も想像できない」8個のキーワードから2個選択する回答を求めた。その結果、「患者の知る権利」(姫路医師会28%、神戸大学病院35%、米国40%)、「インフォームド・コンセント」(姫路医師会25%、神戸大学病院30%、米国18%)、「標準的医療」(姫路医師会18%、神戸大学病院12%、米国16%)が三大キーワードとして上位を占めた。また、キーワード全般にわたり、米国および神戸大学病院、姫路医師会においても概ね同様の連想傾向を示す結果が得られた。
質問4では、米国および本邦の医学教育機関、実地医療機関いずれにおいても、「不要である」よりも、「必要である」と回答した医師の割合が高率に認めた(姫路医師会48% vs 2%、神戸大学病院70% vs 3%、米国76% vs 24%)。すなわち、米国、本邦ともに、セカンド・オピニオン制度の必要性に関しては共通の認識が存在することが示唆された。一方、セカンド・オピニオン制度が不必要という回答については、本邦と米国では対照的な結果が得られた。すなわち、本邦では、「不要である」と回答した医師は極めて少数であったのに対し(姫路医師会2%、神戸大学病院3%)、米国医療機関では、24%が「不要である」と回答した。また、姫路医師会では、質問1に示されるように元々セカンド・オピニオンの認知度が低いためか、「分からない」という回答が49%を占め、神戸大学病院21%、米国0%に比べて、本邦の実地医療機関の医師における判断留保の実態が浮かび上がった。
標榜については、調査群間でほぼマッチされており「内科医または皮膚科医」が高率を示した。しかしながら、米国では標榜の分布の違いは避けられず、結果として「内科医または皮膚科医」が70%を占める偏りが生じた。
姫路医師会は推測されたとおり開業医:61%、勤務医:33%と、開業医優位の集団構成があったのに比べ、米国では教職の回答者は70%にのぼり、姫路と対照的に教職優位の集団構成を示した。神戸大学病院では、医員レベルの若手医師からの回答が多く、教職員の回答は24%に留まり、勤務医:76%と勤務医優位の集団構成を示し、三者三様に異なる所属代表性を有する調査対象集団であった。
(4)考察
質問1の回答結果により、本邦の医学教育機関では、米国と同様にセカンド・オピニオンの認知度が高いことがわかった。一方、本邦の実地医療機関では認知度が低く、啓蒙の不十分さが浮き彫りとなった。また、姫路医師会の回答について、医師の所属別の解析を実施したところ、「開業医」は「勤務医」と比較してセカンド・オピニオンの認知度が低いという結果が得られ(それぞれ38%、63%)、実地医療機関内においても医師の勤務形態により認知の温度差があることが認められた。このような認知度の差は、今後の本邦におけるセカンド・オピニオン制度の普及を計画する上で考慮すべき有用な情報となり得る。
質問2では、本邦の実地医療機関の医師はセカンド・オピニオンを目的とした診療を行った経験が少ないという回答が得られた。しかし、質問1に示されるように、セカンド・オピニオン制度の認知度が70%程度であることから、セカンド・オピニオン制度を認識している姫路医師会の過半数は、セカンド・オピニオンに携わっていると示唆される。しかし、それは依然として本邦の医学教育機関や米国と比較して、セカンド・オピニオンに関する医療行為の実践度は低調であることを意味すると推察される。
質問4に見られるように、米国および本邦の医学教育機関、実地医療機関いずれにも、セカンド・オピニオン制度の必要性への認識は存在していた。しかしながら、米国においては、24%が、「不要である」を回答していた。セカンド・オピニオン制度が十分に普及している国の医療機関においてセカンド・オピニオンに対する否定的意見が約1/4も見られたことは大変興味深い。今後、本邦でのセカンド・オピニオンに関する制度整備を推進するためには米国におけるこのような否定的意見の理由をさらに詳細に検討することが有用であると考えられる。
標榜する専門性について質問した結果においては、米国医療機関および本邦の医学教育機関、実地医療機関ともに、「内科医または皮膚科医」の回答者が多数を占めた。姫路医師会と神戸大学病院の回答者には陽に外科を標榜する医師がそれぞれ25%、21%含まれていたが、米国医療従事者の回答者では0%であった。一般に内科系よりも外科系のような治療に伴うリスクが大きい専門分野の方がセカンド・オピニオンへの認識が高い可能性がある。しかし、米国の回答者には外科系の医師が少ないにもかかわらず、セカンド・オピニオンに対する高い認知度および実践度が見出された。また、標榜診療科間でのセカンド・オピニオンの認知度および実践度を比較するため、姫路医師会の回答者について層別解析を行った。その結果、姫路医師会においては、標榜診療科間において認知度、実践度いずれにも大きな差は認めないことが判明した。
質問6により3つのパターン、すなわち姫路医師会は開業医優位、米国は教職優位、神戸大学は、勤務医優位の三者三様の回答集団であることが判明したが、これは今回調査の回答を比較する上でひとつの特徴となる反面、大きなバイアスにもなりうる。そのため、回答者の所属によるこのようなバイアスを考慮するため、姫路医師会の回答者について、所属先別の解析を行った。その結果、セカンド・オピニオンの認知度および実践度は、共に、勤務医のほうが開業医よりも高いことが判明した。その一つの理由として、本邦の医療従事者に対する生涯教育制度が適切に機能していないことが示唆される。
今回のアンケート調査を踏まえ、今後の問題点や課題として次のような事項が考えられる。
- 米国医療機関に対するアンケートの回収率は13%と低く、回答した医師の多くがセカンド・オピニオンに関心のある医師で占められていた可能性があり、今後このような選択バイアスを統計的にコントロールした本格的調査を行う必要がある。
- 医療経験が長い、すなわち高齢の医師は、セカンド・オピニオンに関係する医療行為を行う機会が多かったはずである。今回の調査においては年齢に関する質問を設定していないため、年齢との関連を評価することが出来なかった。平均年齢が最も高いと考えられる姫路医師会での調査では制度に対する認知度や実践経験は少なく、高齢の医師になるほど開業医の割合が増加し、逆にセカンド・オピニオン制度に対する認知度が低下する可能性も示唆された。従って、回答者の医療経験年数や年齢による回答への影響の評価が課題として残された。
- 今回の調査ではそれぞれの医師がどのような医療行為をセカンド・オピニオンの経験と認識したかという詳細については調査できていない。従って、他科へのコンサルタント、指導医への相談なども含めて、「セカンド・オピニオンに基づく医療行為」についての内容の詳細を調査することも今後の課題として残された。
- 神戸大学病院において教職に就いている医師においても、「教職」ではなく、「勤務医」と答えた回答者が存在した可能性があり、アンケートの質問形式の改良も検討課題として残された。
- 今回のアンケート調査は、回答者の選定が統計的に保証されたランダムサンプリングではなかった。従ってサンプリングバイアスの問題は大きな検討課題として残されている。
(5)まとめ
米国および本邦の医療機関へのアンケート調査を実施し、そのセカンド・オピニオンのコンセプトに関する実状の概略を明らかにした。その結果、米国では広汎に、また、本邦の教育機関においてもある程度セカンド・オピニオンが認知され実践されていることが示唆された。一方、本邦の教育機関外の医師については対照的に、本制度に対する認知度が低いことが示唆された。特に、姫路医師会の層別解析の結果、勤務医と比較して開業医ではセカンド・オピニオン制度の認知度が低いことが推察された。このことから、本邦におけるセカンド・オピニオン制度の普及には、開業医を対象に医師会などを通した啓蒙活動がまず必要であることが示唆された(5)。
米国でのインタビュー調査では、当初期待された医療費削減の役割は否定されるものの、セカンド・オピニオン制度は医療従事者間で既定制度として定着したことが聴取された。しかし、同制度の運用において医師-患者関係は必ずしも良好ではなく、医療訴訟を含む両者の敵対的関係が隠然と存在しそれを解消するには至っていないことが示唆された。このような背景から同制度の役割は限定的に見直され、各医療施設はIT技術を利用した医学情報の開示部門を準備し、患者の自発的学習による患者-医師間の齟齬解消に取り組みつつあることが示された(6)。
このような米国の状況と比較し、セカンド・オピニオン制度に対する認識の遅れと期待が表裏一体である可能性が示された。本邦医療従事者への教訓として、実践を通した米国医療現場における同制度への限定的な見直しと、より非対立的な方法での情報開示への取り組みが必要であると考えられる。例えば、公的機関としてのセカンド・オピニオンセンターの設立等も視野に入れる必要があろう。いずれにせよ、本邦での制度のあり方を修正的に検討することが必要と総括された。
(6)研究協力者
- Northwestern University Medical School
Jun Teruya, MD, DSc,Director of Hemostasis, Co-director of Blood Bank, Associate Director of Clinical Laboratories - Massachusetts General Hospital
Dion Buchner, MD, MBA,Division of Laboratory Medicine, Department of Pathology
Elizabeth A. Mort, MD, MPH,Director, Decision Support Unit and Operations Improvement
Taryn J. Pittman, RN, MSN Patient Education Specialist - 兵庫県姫路市医師会
大田 研治 姫路市医師会 副会長
小西 與承 姫路市医師会検診センター 所長
(7)参考文献
- 新居 昭紀 セカンド・オピニオンの勧め 自己決定を育てる医療 病院 58巻2号 P158-162 1999.02
- Rosenberg SN, Gorman SA, Snitzer S, Herbst EV, Lynne D. Patients' reactions and physician-patient communication in a mandatory surgical second-opinion program. Med Care. 1998 May ; 27(5): 466-77.
- 木原 康樹:セカンド・オピニオン。医療ビッグバンの基礎知識-医療の大変革を理解するために- 認定内科専門医会医療ビッグバン検討委員会編、社団法人日本内科学会, pp58-60, 1999.
- 山根 清美、木原 康樹、古市 圭治、中村 十念、木野 昌也:第11回認定内科専門医会講演会まとめ「これでいいのか日本の医療:21世紀に続くグローバルスタンダード?」内科専門医会誌12(3): 389-421, 2000.
- Sato T, Takeichi M, Hara T, Koizumi S. Second opinion behaviour among Japanese primary care patients. Br J Gen Pract. 1999 Jul ; 49(444): 546-50.
- Schilling J, Faisst K, Kapetanios E, Wyss P, Norrie MC, Gutzwiller F. Appropriateness and necessity research on the Internet : using a "second opinion system". Methods Inf Med. 2000 Aug ; 39(3):233-7
平成11年度 国際共同研究
高齢者医療福祉の向上を目指した
ヘルスプロモーションと成果に関する国際比較調査研究
代表研究者
国際医療福祉大学 教授
高橋 淑郎
- 研究期間
- 1999年11月1日~2000年10月31日
- 共同研究者
- University of Toronto Associate Professor ロス ベーカー
国際医療福祉大学 教授 佐藤 貴一郎
ホノルル・ヘルスリサーチ 當麻 あづさ
概要
健やかに長寿を迎えることは、国民的な関心事となっている。1999年に旧厚生省から「健康日本21」構想が提示され、国民への定着、推進が図られている。「健康日本21」の策定と推進に対して、本来国民自らが積極的に取り組むべき課題であるべきところ、その推進策について「官主導」から脱し切れていない。
本研究では、「健康日本21」のモデルともなったヘルスプロモーション先進国との比較調査を通じて、「健康日本21」推進策が抱える問題点などを指摘し、より良いヘルスプロモーションの方向性および浸透方法を探ってみた。まず、世界のヘルスプロモーションの歴史と考え方の変遷を追い、わが国の位置を確認した。アプローチの視点は、Evidence Based HealthcareおよびPrecede-Proceed modelおよびBalanced Scorecard Approachの視点からアメリカ、カナダ、日本を分析した。アメリカはライフスタイル・アプローチに主眼がおかれ、カナダはソーシャル・アプローチに主眼がおかれ、その両国の比較分析結果を踏まえ、わが国のヘルスプロモーションの在り方を提言した。その重要な要因は、Precede-Proceed modelの原点への回帰、参加型/エンパワーメント/民間主導およびNPOの役割が明確になった。その事例として、ハワイ、バンクーバー、トロントの事例を分析した。
結論として、官主導方式の限界が明らかになった。今後、わが国の「健康日本21」の成果を上げるためには、「社会の健康」での位置付けと住民参加やNPOなどのエンパワーメントが不可欠であり、プロセスとアウトカムについて継続的で多面的な評価が必要であることが分かった。
本稿
- はじめに
- ヘルスプロモーションの世界の流れ
- アプローチの視点
- 調査対象国の現状と課題
- カナダ:ソーシャル・アプローチに主眼
は紙面スペースの都合で省略いたします。(尚、本研究成果は第8回ヘルスリサーチフォーラムで発表されました。また、フルレポートをご希望の方は当財団事務局迄ご連絡下さい。)
Ⅵ.わが国のヘルスプロモーションの在り方-ヘルスプロモーション先進国との比較からの提言-
ヘルスプロモーションの政策科学的視点と戦略的評価システム・モデル
a)ヘルスプロモーションと計画策定
医療資源の効率的配分、特に医療費削減的な政策とヘルスプロモーションが不可分あるいは、平行、さらに前提として認識されることが少なくないが、必ずしもヘルスプロモーションが医療費抑制・削減を目的としているわけではない。欧州型に較べ米国でのヘルスプロモーションは市場主義的な医療システムのためにそのような誤解も生じているが、ヘルスプロモーションは元来いわゆる「公衆衛生(活動)」の一環であり、現代の医学研究とくに疫学的成果を取り入れた新しいムーブメントで、「費用抑制の正当性とか既存の保健医療制度とは関係なく」ヘルスプロモーション政策独自の展開がなされていると理解しなくてはならない。
現在わが国では「健康日本21構想」が策定され、実施が急がれており、一部には医療政策同様米国の、“Healthy People 2000”や2010の焼き直しで、予防効果による一種の医療費抑制策ではないかと、批判が表明されたり、政策の影響が懸念されているが、政策担当者は実施や方法に傾注する前に国民の一部にそうした認識があることを把握し、誤解を解くことがむしろ先決問題であろう。
わが国のヘルスプロモーションへのそうした誤解の要因は2つに要約されよう。その第1はヘルスプロモーション計画策定が本来のオタワ憲章にもうたわれている地域との関係の重視、住民参加の過程が十分とられていないという懸念であり、第2は「ライフスタイル(生活様式)」に対する認識の違いである。
第1の計画策定過程については、「健康日本21構想」自体が従来の保健医療政策と同様な過程でなされ、いわゆるトップダウンの政策として公表され、それにあわせて地域での実施計画が求められているからではなかろうか。社会参加を標榜しながら「地域医療計画」や「地域福祉計画」、「介護保険」と同軸上と理解されるプロセスではなかろうか。
第2の要因であるライフスタイルについても一部有識者の発言に見られるように、「生活や健康は自己責任」であり、コミュニティであっても他人の干渉を受けない、干渉はファッショであり、喫煙・飲酒などはもとより、健康づくりイベントに参加し(たがら)ない者に対する「村社会」における相互監視ではないかという見方も一部にはある。ライフスタイルについては専門家の間でも議論されて現在の(一応の)合意に至っているが、元来ライフスタイルの解釈には、①ライフスタイルこそがヘルスプロモーションの目標で、健康のためによいという理由で自ら選択する行動様式とする考え方と、②個人が選択しうる以上に自らの行動を制約し、拘束している社会的・文化的状況の中で生じるものという社会的選択として把握する考え方が存在してる。
ところで、健康教育は単一の健康志向行動を変容させるための公衆衛生活動として成功(~70年代)し、ライフスタイルと関連して生涯にわたるより複雑な生活習慣や社会環境を変えることが新たな目標となり、公衆衛生教育は社会生活に組み込まれたライフスタイルの改善を目標にするとともに公正・社会正義が問題になった。そこで、健康教育はヘルスプロモーションの考え方のもとに、ライフスタイルの選択や目的をも含めたより広範な方策として注目されるようになり、健康プログラムのなかで中心的役割を担うこととなった。そこでのヘルスプロモーションの定義は「健康に資する諸行為や生活状態に対する教育的支援と環境的支援の組み合わせ」であり、ヘルスプロモーションの目的は「自らの健康を決定づける要因を自らよりよく管理できるようにしていくこと」で、行為・行動は個人、集団、地域のいずれも関わり、保健政策作成者、事業主、教師、健康づくりに関わる人々の参加を前提とする。地域社会のライフスタイルは複雑・広範にわたり、管理はコミュニティの決定と実行に委ねられるという考えが現在普遍性を持つとして受け入れられている。
そうした意味で、ヘルスプロモーションの代表的・先験的な例としてカナダ・アメリカ・ヨーロッパから学ぶことが少なくないが、なかでも策定過程の代表的な方法論であるPRECEDE-PROCEEDモデルに沿ってわが国の「健康日本21構想」を評価することが有効であると考えた。
そこでPRECEDE-PROCEEDモデル(図4)をもとに「健康日本21 構想」を評価すると、評価基準は次の3点にまとめられる。①住民主体の目標づくり、②疫学上の成果・実績にもとづく優先順位や重要度評価、③ヘルスプロモーション活動における評価システムの組み込みである。まず、「健康日本21構想」策定は地域住民の参加をベースにいわゆるボトムアップの形で組み立てられたかどうか問われるところである。日本的(地域政策)モデルは、特定地域での住民参加も含めたニーズの抽出をもとに中央官庁主導で、しかも審議会や委員会での諮問にこたえる答申を反映するという形式での政策形成が中心で、構想を中央政府が発表し、地域ではそれに如何に応えるかを問うことが多く、「健康日本21構想」も例外ではない。そして、地域で具体的計画を立てる過程において重要視されるべきデータや資料については、各地域の特性を反映した疫学調査が平行してながれておらずEBM・EBHが実践・普及しているとは言い難い状況である。むしろ、今回の構想でも地域での実施計画策定段階で中央から求めることになるようで、アメリカにおけるフラミンガムスタディやLipid Research Clinic Studyのような疫学調査が皆無に近いことは以前から問題視されていた通りである。また、「健康日本21構想」が地域で実施に移される際、その効果を評価する運営時の小さなPDSサイクルを実際にシステムに内蔵化しているケースがどれほどあろうか、今後の課題といえる。いずれにせよ、こうした中央政府・行政主導型計画はPRECEDEよりPROCEEDにウエートが置かれているのが実情と理解される。
これら日本的ヘルスプロモーションの根底には、住民参加と社会的健康教育の未成熟、さらには従来のマスメディアに依存しない情報開示や情報発信をベースにした地域におけるヘルスプロモーション・コミュニケーションシステムの必要性が指摘される。
b)ヘルスプロモーション評価システム・モデル(提言)
Balanced Scorecard Approach:ヘルスプロモーション計画の評価(図5)
疫学的調査研究をベースとしたヘルスプロモーション計画策定段階では、PRECEDEモデルが役立つが、ヘルスプロモーションの効果に関してはアウトカムモデルが主流といえる(表2)。しかし、ヘルスプロモーション活動のマネジメント評価という視点に立てば企業戦略評価として多くの実績をもち、近年非営利組織や政府の活動さらにヘルスケア部門への適用が注目されているバランス・スコア・カード(BSC)が有効である。なぜならばPROCEEDモデルに比べ、財務的な、(したがって)経済的視点が加わるため、予算編成・財政評価が可能になり、またアウトカムモデルが成果主義であるのに対し、BSCの原型が組織の総合的マネジメントであるだけに、参加主体のモチベーションやプロセスまで総合的に評価可能で、より実践的と考えられる。
ただし、企業活動と異なり、ヘルスプロモーションのように非営利組織や政府活動に対応させるにはオリジナルのBSCの構造に修正を加える必要がある。ヘルスプロモーションが医療費抑制を第一義的な目的としているのと対応して、財政的な成功を達成することがヘルスプロモーション活動を担当する非営利組織や政府にとっての第一目標ではなく、住民や有権者を階層構造の頂点におき、両者に望ましい価値提案である健康水準の維持・向上を提供する内部プロセスを明らかにすることが適当である。また、企業経営が時に十分なキャッシュフローを重視するような短期的な視点よりも、ヘルスプロモーション活動は長期的な目標設定になる。公共セクターの組織における財政的視点と住民の視点から、以下のような3つのミッションに最も近い上位の視点が上げられている。
①コストの発生:この視点では業務の効率性が重視される。コストの対象は組織内あるいは直接的コストだけでなく、住民にかかるあるいはヘルスプロモーションに関連する社会的コストや間接コストも考慮しなくてはならない。次の期待される便益や効果に対して最小となる費用が望ましい。
②価値の創造:この視点では、ヘルスプロモーションで創造される住民への効果/QOLや便益を明らかにする。ただし、何を効果の指標にとるか、どのように測定するかは必ずしも容易ではない。ヘルスプロモーションによるアウトカムを測定することが望ましいが、代理変数としてヘルスプロモーション活動への参加度を指標とする場合もある。いずれにせよ①の費用と比較考慮して費用便益分析(CBA)、費用効果分析(CEA)でプログラムの有効性を判断する。
③支援の合法化:あらゆる政府や行政にとって、企業の「顧客」に相当するのは住民であり、ヘルスプロモーションの財源を納税の形で提供する「資金提供者」に他ならない。したがって、ヘルスプロモーションを継続するためには住民が満足する努力が必要で、満足度の高いヘルスプロモーション・プログラムが要求される。
ヘルスプロモーションのマネジメントは、最小のコストで最大の効果を産みだし、その資金を提供する権限をもつ住民から継続的な支援と委任を引き出すことが求められる。そして、こうした目標を達成可能にする「内部プロセス」と「学習と成長の目標」を明確にすることに進む。
本プロジェクトを通じて到達したバランス・スコア・カードによるヘルスプロモーション・マネジメント評価の概念モデルは図4の通りである。詳細についてはヘルスプロモーション先進国をベンチマークとしたベストプラクティスにより実践可能なシステムとして実用度を高めることが今後の課題である。
Ⅶ.結び
ヘルスプロモーションは、プロセスとして認識すべきことであり、長期の視点を持ち、すぐに固定化しないことが重要となることが分かった。さらに、トップダウンの官主導方式の限界が明らかになった。今後わが国の「健康日本21」の成果を上げるためには、個人の問題はすでに行なわれつつあり、それなりの成果が上がりつつあるが、それ以上に「社会の健康」としての視点からの位置付けと住民参加やNPOなどエンパワーメントが不可欠であり、いかにして自然に住民を巻き込んで、社会全体の健康に持っていくかが重要で、住民が主体的に動く仕組みを作ることと地域の主体的な創意工夫を共有できるような(コミュニケーション)システムづくりが行政には求められる。その時にNPOは有効な主体となりうる。日本の政策で住民を策定段階から参加させようという仕組み作りは画期的であるが、実態はほとんど機能していないことも明らかになってきた。したがって、プロセスとアウトカムについてBSC的な継続的で多面的な評価をしながらの改善が必要である。
それらの仕組みを構築し実行し、わが国の「健康日本21構想」の成果につながることを期待したい。
研究助成成果報告一覧


