ライブラリー

第 24 回

温故知新 ー助成研究者は今ー

「財団助成研究・・・その後」

第19回 平成22年度(2010年度)国際共同研究助成

京都大学 環境安全保健機構 健康管理部門/附属健康科学センター 教授

石見 拓

我々は、1998年から大阪府を対象に、救急隊員の関わる全ての院外心停止症例を、国際的に標準化された様式に基づいて登録するコホート研究を開始した。年間約5000例の院外心停止が登録され、胸骨圧迫だけの心肺蘇生の有効性など、数多くの研究を報告してきた。2005年からは、総務省消防庁が全国の消防本部で、同様の統計を取り始めたが、これは年間10万件を超える世界に類を見ない国家規模の院外心停止のレジストリである。AEDの国家規模での普及のインパクトを示した我々の研究がNew England Journal of Medicineに掲載されるなど多くの成果を出し続けている。

今思うと、我々が2010年に韓国の研究チームをパートナーとして、「院外心停止症例救命のための効果的救急医療体制構築に関する研究」をテーマに第19回ファイザーヘルスリサーチ振興財団国際共同研究事業の助成を受けたのは、我々が大阪でスタートしたレジストリ研究が国際的にも注目を集め始めた時期と一致する。国際学会で親睦を深めつつあった韓国チームは、大阪をモデルに院外心停止のレジストリ、救急医療体制を構築しようと非常に貪欲に意見を求めてきていた。そんな折、本国際共同研究事業が目にとまり、救急医療体制が異なる両国間で人口ベースのレジストリを用いて比較することで院外心停止からの社会復帰に寄与する要因に迫れるのではないかと計画を立てた。少し時間を要したが、主たる研究結果は、2015年にBMJ open誌に掲載された。この結果は非常に興味深く、研究の対象期間中、韓国ソウルの社会復帰割合は、ちょうど大阪府を5年遅れで追いかけて右肩上がり、大阪府の社会復帰割合は鈍化しており、更なる救命のために次なるブレークスルーが必要と言うことを示唆するものであった。

本国際共同研究は、日韓の救急蘇生チーム間の交流を加速させるとても大切な機会となった。お互いに訪問し、それぞれの救急医療体制を視察すると共に、本助成終了後には、韓国チームの若手が京都大学に短期留学に訪れ論文を共に仕上げた。我々が導入した簡略型の心肺蘇生教育プログラムを韓国で紹介し導入するなどの取り組みも進めた。韓国チームは貪欲に我々の取り組みを吸収するだけでなく、行動力、実現力は我々以上であり、我々が彼らから学ぶことも多い。まさに、切磋琢磨をし合う関係にあると言える。我々のテーマである院外心停止症例の社会復帰割合を高めるためには、市民や消防機関も巻き込んで救急医療体制を構築していく必要がある。世界に先駆けて、客観的な評価に基づいて病院前救急医療体制を構築してきた先進地域が米国シアトル市であり、私が2007年に留学し、師事したGraham Nichol先生には、この国際共同研究のアドバイザーに加わっていただいたのだが、お互いの優れたところをモデルに改善を図る理想的な協力関係を構築できたと感じている。

この領域の研究を始めて以来、シアトルを目標に追いつけ追い越せと頑張ってきたつもりであるが、本国際共同研究事業を通じて、大阪あるいは日本の救急医療体制、レジストリが世界をリードする立場になりつつあることを実感した。従来以上に世界を視野に、いい意味での自負心を持って、共通の目的を持った仲間達と共に病院前救急医療体制の改善をリードしていこうと新たな目標を与えてくれたきっかけになったように思う。

改めて、貴重な機会を与えてくださったファイザーヘルスリサーチ振興財団の皆様に感謝したい。

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