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第 13 回

温故知新 ー助成研究者は今ー

「財団助成研究・・・その後」

第13回 平成16年度(2004年度)国際共同研究助成

独立行政法人 国立精神・神経医療研究センター
精神保健研究所精神薬理研究部 部長

山田 光彦

山田光彦

厚生労働省は、医療計画に記載すべき疾患に精神疾患を追加することを決定しました。これにより、癌・脳卒中・急性心筋梗塞・糖尿病の4疾病と救急・災害・へき地・周産期・小児の5事業で構成されてきた地域医療の必須要素は、2013年度以降、5疾病5事業となります。精神疾患は、2008年調査で患者数が323万人と、癌の152万人の2倍に達し、現行4疾病で最も多い糖尿病の237万人をも上回ります。また、年間3万人に上る自殺者の9割が、何らかの精神疾患を患っていた可能性が指摘されています。精神疾患のなかでも、うつ病は日本人において最も頻度の高い精神疾患であり、女性では12人に1人(8.5%)、男性では29人に1人(3.5%)が、生涯に一度はうつ病に罹患すると推定されています。また、うつ病は日本国民にとって障害調整生命年(Disability Adjusted Life Year, DALY)の損失における最大の原因であり、さらに今後20年間は増加傾向にあると推定されています。癌や循環器疾患よりも問題が大きいことには驚かされます。このように、うつ病は、少子高齢化が急速に進みつつある我が国において、国民の健康を脅かす大きな問題となっているのです。早くからこの問題に関心を持ち、うつ病研究を支援いただきましたファイザーヘルスリサーチ振興財団に感謝いたします。

現在、うつ病治療の主柱は、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)や選択的セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)、ノルアドレナリン・セロトニン作動性抗うつ薬(NaSSA)などの抗うつ剤を用いた薬物療法となっています。その市場規模は21世紀の最初の10年間に約8倍に増大して年間1200億円に達しています。しかし、うつ病の薬物療法を組み立てて行く上で解決されていない、切実かつ重要な臨床疑問がいくつも存在しています。そのため、具体的かつ適切なうつ病の薬物治療指針を立案するために必要な「実践的エビデンス」を多施設共同無作為化比較試験等により創出していく必要があります。さらに、国民皆保険をうたうわが国の医療制度の中で、適切なうつ病治療モデルを確立していくためには、認知行動療法などの精神療法との併用に関しても、その費用対効果も含めた効果的な用い方を確立する必要があります。

一方、うつ病では、睡眠や身体の症状が精神症状に先だって自覚されることが一般的です。実際、我々の最近の調査では、高齢者の多く住む地域の一般病院の内科受診患者の約9%がうつ病相当でありました。総合的なうつ病治療体制を地域に構築するためには、狭義の医学モデルにとどまらない診療科を超えた多職種による協同ケアの実現が必要となります。地域医療計画の5疾病5事業化を契機に、地域の病院、診療所、訪問看護ステーション、薬局などが、個々の機能に応じた連携が推進されることを期待しています。うつ病は、社会を挙げて取り組むべき疾患なのですから。

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