ライブラリー

第 12 回

温故知新 ー助成研究者は今ー

「財団助成研究・・・その後」

第9回 平成12度(2000年度)国際共同研究助成

東海大学 名誉教授

宇都木 伸

宇都木 伸

医療制度を主たる研究テーマとしていた私のところに、生物科学の専門家が数名こられ、「人体の一部を研究に使用すること」についての法律的意見を訊かれたのは、1997年頃だったろう。診療に用いる組織のバンクは、当時すでにいくつか作られてはいたが、法的・倫理的検討はほとんど見られなかった。

人体実験・臨床試験という「まるのままの人を対象とする研究」は古くから法律学の検討対象で、私自身も少し手がけてはいたが、人体の一部を「研究に使用する」という事態は想定していなかった。しかし、その方達の話では、どうもこれからの研究は大幅にそちらにシフトしてゆくらしいし、そこには全く新しい種類の問題があるらしいということは漠然と分かった。しかし、それは類例の乏しい事象で、法律的なとらえ方が分からない。財物の法なのか人の法なのか、私法なのか公法なのかすらはっきりしない。

法律論を詰めようとすると、分かったつもりだった研究の内容が良くわからないことに、いまさらながら気がつく。これはもう繰返し対話し続けながら少しずつ進むほかないと、自然科学者、実務家、法律や倫理の人をも交えた、時には泊まりこみの「ひとモノ研究会」がもたれることとなった。そういう中で2000年にファイザーヘルスリサーチ振興財団からの研究費(「人体由来試料を医学研究等に使用する際の、社会的・倫理的問題についての研究」)が与えられたのは、誠にありがたかった。「国際共同研究」というのは少し怪しかったが、いずれの国においても、その適正解決を目指してもがいている状況であることがわかった。

この基盤の上に厚生科学研究費(当時)を得ることができ、当時“Human Tissue Act”の大改訂の最中にあったイギリスの専門家との共同研究(イギリス人でも良くわからないという複雑怪奇なシステム!)をはじめ、諸国の動きをすこし丁寧に追うことができた。

悔やまれることは、我々の発信力が弱く、わが国の臓器移植法の改定論議に、「組織」の問題を組み込むことが出来なかったことであるが、立法の視野を拡大するには、臓器移植をめぐる我が国特有の混乱状況はあまりに大きかった、とも思う。

遺伝子解析の時代を前にして、2000年秋にヘルシンキ宣言は、「人を対象とする研究」の内には「人由来の物質とデータを用いる研究」が含まれることと改定され、2001年にはわが国の遺伝子研究推進の前提条件として「ヒト遺伝子解析研究倫理指針」が作られ、同年にはHS財団のヒト組織バンクも慎重な歩みを始めた。さらに2003年の個人情報保護法(金融信用確保を主動因としたものだったが)は、個人情報の扱いの原理を新しく打ち出した。

人体由来物質の研究利用のためのバンクの普及は遅々としており、今もって「課題」である。医者が(自分の)患者を対象にしたところから、医師とStrangers の関係を経て、今や科学者が“物質”を対象とする。研究は、科学者の魂を吸い取ってしまうZauberkraft(魔力)をもつという。“ヒト”ではなく“人”に由来する物質の扱いの悩ましさはなお続くようである。

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