ライブラリー

第 1 回

温故知新 ー助成研究者は今ー

「財団助成研究・・・その後」

当財団 第1回 国際共同研究助成

順天堂大学医学部 細菌学教室 教授

平松 啓一

平松啓一

自然科学には多くの分野があり、どの分野を専攻するかで、研究者として身につけるべき実験技術や方法が異なってくる。私自身は、臨床医学(循環器内科学)、免疫学、遺伝子工学、レトロウイルス学、細菌学、と数年おきに専攻領域を変えるという変則な経歴を歩んで来た。全く先達のいない道程で、自由気ままにより興味のある分野に移り歩いてきた。しかし、それぞれの分野の仕事を完遂するために不便を感じたことは一度もない。どの分野もサイエンスである以上、科学的な追求の論理に違いはないので、数年のうちに、それぞれの分野で研究を立ち上げることはごく自然の成り行きだった。だが、1980年代末からは、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の研究を始め、爾来、もっぱら、この多剤耐性菌の研究に没頭して、この間は、他の領域の研究には見向きもしなかった。そのかわり、MRSAのすべてを理解したいということから、抗生物質による治療法、バンコマイシン耐性菌の発見、メチシリン耐性機構の発見、黄色ブドウ球菌のゲノム決定、ブドウ球菌菌種に共通な進化の遺伝学、世界のMRSAの疫学など、MRSAを題材としていろいろな分野の研究を行った。最近は、フィールド調査も行い、保育園や幼稚園の健康な子供たちや、食品、鶏などの家畜からもメチシリン耐性ブドウ球菌を多数検出し、一般社会での抗生物質耐性の問題も研究している。

このようなMRSAを対象とした研究とともに、MRSAのひきおこす社会的な問題である「病院感染」そのものをも研究の対象とすることが、私の研究者としての自然の成り行きだった。第一回ファイザーヘルスリサーチの国際研究として「効果的なMRSA院内感染対策を行うための諸要因に関する研究」が採択され、全国の病院のアンケート調査により、感染対策には、病院全職員を対象とした教育の重要性、定期的なMRSA検出状況の把握と全職員への周知が、きわめて重要であることなどを明らかにした。研究手法としては、なじみの薄い社会医学的な方法論によったが、良き共同研究者(長谷川万希子氏)に恵まれ、10年以上経過した現在でも、見事に通用する結論を得ることができた。職員教育、院内情報共有の重要性は、今でも院内感染対策の基本である。
2003年からは、文部科学省から、「病院感染予防のための国際的教育研究拠点」の形成のためCOE予算措置をいただき、大学院博士課程として「Doctor of Infection Control Science(DICS)」の養成をスタートした。DICSは、病院感染起因菌の基礎科学研究と感染対策の臨床実習を共に修め、病院感染を未然に防止するための新しいサイエンスを担う人材である。現在、順天堂大学病院は、1020床に対して6人の専任ICN(Infection Control Nurse)を配置する国内唯一の病院であり、欧米のレベルをも超えた感染対策の実現をめざしている。
またDICSの第一期生の教育は3年次に入り、将来、「科学者の目を持ったInfection Control Doctor」として、我が国の病院感染対策を世界に発信することのできる人材として巣だってくれることを期待している。
ホームページ http://www.infection-control.jp

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