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リレー随想 - 第37回 -

ヘルスリサーチを想う

わが国の高齢者の不適切処方の実態調査

国立国際医療研究センター 名誉院長

小堀 鷗一郎

人工肛門を造設すれば3か月、しなければ3週間の余命と言われ、手術を拒否して退院した胃がんの再発(腹膜播種)患者(87歳女性)を訪問した。介護を行うのは重度身体障害者で、車椅子で暮らす長男である。

訪問診療初日、患者の口から出たのは、「病院に戻りたくない」と「塩辛いものが食べたい」、介護の長男の問いは退院処方で出された薬をすべて服用させるのに毎食後1時間半かかる、何とか薬を減らすことは出来ないか、であった。患者本人には何を食べてもよい、長男には鎮痛薬以外の薬は全て捨てるように、と即答した。2日後立ち寄ってみると、患者は仰向けのまま水を飲み(病院では禁じられていた)機嫌よく、枕元にはポテトチップスの空袋が散乱していた。次の訪問はそれから3日目の死亡確認であったので、患者親子との短い接触で印象に残ったのは、大量の薬を服用させる苦行から解放された長男の安堵の表情のみと言える。

タイトルにお借りしたのは、昨年12月の第24回ヘルスリサーチフォーラムのホールセッション4における京都大学 佐藤泉美 特定助教の演題である。氏の研究はわが国の高齢者の薬剤による有害事象を評価するもので、上記エピソードと関連はない。偶々共有することとなった母と一人息子の最後の数日が、フォーラムの会場で耳にした"不適切処方"の言葉で胸に蘇った。

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