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リレー随想 - 第32回 -

ヘルスリサーチを想う

医療の変革とヘルスリサーチ

自治医科大学 学長

永井 良三

日本の医療にも、変革の時代が到来した。社会の変化が医療に及んできたためである。日本だけでなく世界の先進諸国で高齢化が進んでいる。高齢社会は多くの人々が複数の病気をもって生きる時代である。

慢性疾患が増え、完治を望めない場合も多い。完治できない場合は、「治す」よりも「癒やし」が重要となる。こうした疾病が増えれば、医療、介護、福祉の一体化を推進する必要がある。緩和ケアを含めて、地域の中で多職種の連携が求められる。

高齢者疾患は徐々に増悪するわけではない。多くの慢性疾患は脳卒中や心筋梗塞、心不全などのイベントを発症し、しかも繰り返す。発症因子は統計的に知られているが、誰がイベントに見舞われるかは確率的である。確率的な存在となった個人はとまどいを感ずる。医療が確率的になれば、念のための検査や治療が増え、医療資源の消費は膨大となる。

これからの社会はこれまでと大きく異なる。高齢化だけでなく、少子化も深刻だからである。日本の医療費は過去50年間に大きく伸びた。しかしそれは経済成長に比例していた。バブル崩壊後の経済成長はきわめて低い。一方、医療費は経済成長を遙かに上回る速度で増加している。そうした状況のなかで、2004年をピークに人口が減少しはじめた。35年後の2050年には3000万人減少し、日本の人口は約9000万人となる。医療が高度化すれば、その経費を誰が負担するのかという問題が生ずる。

ICTの発達も社会を変えている。ICTは在宅医療や介護の現場でも大いに活用されると予想される。今後、健診や診療データの時系列データベースの構築が進めば、臨床経過の予測は今よりも容易になる。しかしビッグデータ時代には不確実な情報も氾濫する。個人情報保護やセキュリティも重要である。不確実な情報に惑わされないためには、自分達のデータを構築して検証し、また観察だけでなく実証研究も同時に行わなければならない。

ヘルスリサーチは医療の実態を明らかにし、次の時代に向けての指針を与えるための研究である。変化の激しい今日の医療であればこそ、その振興を大いに期待したい。

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