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リレー随想 - 第 16 回 -

ヘルスリサーチを想う

『ヘルスリサーチ成果の還元』

東京大学大学院 医学系研究科 循環器内科教授

永井 良三

医学の進歩に研究を欠かすことができない。基礎医学はともかく、臨床医学や社会医学では人を対象とした研究を進めなければならない。当然、研究対象となる被験者の人権の問題が発生する。手術や薬物治療などの介入研究だけでなく、観察研究においても被験者が研究対象となることについて、自己決定権が侵害されないようにしなければならない。この場合、一見、被験者の人権と研究を推進しようとする研究者の間で対立が生ずるように見える。このため研究の倫理性と科学的妥当性を担保するために、様々な研究ガイドラインが策定されてきた。

しかしながら被験者の人権と対立するのは、研究者だけであろうか。研究の成果は研究者の所有物ではなく、社会に還元される。研究成果にもとづいて、市民は自らの健康を守るために自ら行動を決定する。例えば医師の指導をどの程度励行するかは、患者側の判断の問題である。研究成果は患者の判断材料として利用される。疫学研究や臨床研究を被験者対研究者の対立という図式のみでとらえていると、市民が自らの行動を自分で決定する権利が侵されかねない。

この視点から常に研究のあり方を考え直す必要があり、ガイドラインも策定されるべきであろう。研究に対する社会の理解を得るためには、研究の透明性や成果の公表などの活動を欠かせないが、まさにこれは研究財団に課せられた重要な使命である。

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