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リレー随想 - 第 3 回 -

ヘルスリサーチを想う

ヘルスリサーチの基本理念の徹底

慶應義塾大学経営大学院 教授

矢作 恒雄

近年の医療関連の研究成果の質の向上と他分野との連携による無限とも言える可能性の追求には目を見張るものがある。だが、それらの成果が実際に人の悩みの解決や幸せの向上に的確に活用されているとは言い難く、このギャップを埋めようとするヘルスリサーチの社会的使命は極めて大きい。

最近ご縁を得て医療関係の方々と意見交換をさせて頂く機会が増えたが、医療・医学の専門家としての溢れる自信と使命感そしてその行動力にはいつも頭の下がる思いがしている。ただ医療システムの実態に目をやり気になることは、その自信が「患者のことは何でも知っている」という自惚れに、また使命感が「患者に自分達が医療を施してやっている」という思い上がりに変わってしまったのではないかと思われる事例が専門家のお話の中や医療制度の中に散見されることである。

ヘルスリサーチの基本理念は、幸い今健康に恵まれている人も、不幸にして今病に冒されている人も、それぞれの立場で病と闘いながら、自分たちを含め総ての人達がより健康で幸せな生活を営むにはどうすれば良いかを考えそれを実現することであろう。優れた専門家達がこの理念をしっかりわきまえてさえいれば、いわゆる患者不在の医療などと言う言葉は間もなく忘れ去られてしまうに違いない。基本理念とは福沢諭吉の言う「心の行儀」の問題である。理念の徹底は心の行儀を正すだけで一瞬にして実現する。

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