ライブラリー

vol.76

※研究期間、共同研究者の所属・職名は助成時のもの

平成29年度(2017年度)国際共同研究

医療提供、総合診療医育成と臨床研究体制に関する
日本とスウェーデンの比較研究

廣瀬 昌博

島根大学医学部地域医療政策学講座 特任教授

廣瀬 昌博

共同研究者
  • Patrik Midlöv
  • Department of Clinical Sciences in Malmo, Family Medicine, Lund University, Center for Clinica Research <スウェーデン> Professor
  • 岡山 雅信
  • 神戸大学大学院 医学系研究科 地域社会医学健康科学講座医療教育学分野 地域医療教育学部門 特命教授
  • 芳川 浩男
  • 兵庫医科大学 内科学講座 神経・脳卒中科 主任教授
研究期間
2017年12月1日〜2018年11月30日
背景と目的

平均寿命、乳幼児死亡率(OECD 2013)は、日本(83.4歳、2.0)とスウェーデン(82.0歳、2.4)で同等である。一方、年間受診回数、在院日数は、日本(12.9回、17.2日)とスウェーデン(2.9回、5.8日)で、日本の医療は効率的でない。また、Nature Index 2017 JAPANによると、日本の研究力は低下しつつある。スウェーデンでは、プライマリヘルスケアセンター(PHC)が全国に約1,100ヶ所あり、5名程度の総合診療医が勤務し、医療介護の提供と総合診療医の育成、臨床研究体制が整備されている。病院医療から在宅医療への転換と効率的な研究遂行の再構築を余儀なくされているわが国が、これまでのプライマリケアと医療介護における提供と研究実施・支援体制の再構築を目指すため、スウェーデンの医療システムについて、わが国との相違を明確にし、総合診療医の育成と医療提供・臨床研究体制のドラスティックな医療改革をもたらすためのエビデンスを得ることを目的とする。

研究内容

総合診療医について、わが国ではその概念自体のコンセンサスとともに総合診療医、総合診療専門医について、各学会の対応が異なっている。一方、スウェーデンではプライマリケア医になるには、PHCでの研修が必要である。

スウェーデン、マルメにあるルンド大学クリニカルリサーチセンター(CRC)とスコーネ地区のPHCの間で研究支援体制が整備されており、PHCが多数の論文を発表し、臨床研究トレーニングにおいても重要な役割を担っている。

島根県は地理的条件に恵まれていないことなどを理由に医師不足が続き、医学部入試に地域枠を設けるなどの対策を講じてきたが期待通りにはなっていない。一方、スウェーデンは地理的に南北に長く北方で医師として働く希望者は少ない。

以上から、以下のような調査・研究を実施した。

  1. 現地訪問調査および国際交流:スウェーデン、マルメにあるルンド大学クリニカルリサーチセンター(CRC)およびCRCの関連PHC、介護福祉施設への訪問とインタビュー
  2. 国内共同研究機関として、本学、神戸大学、兵庫医科大学および国外研究機関として、ルンド大学に関係する医師および医学生を対象としたアンケート調査
成果

スウェーデンでは、最初の18か月のレジデンシーの後、総合診療医コースとしてPHCでの3年間の特別研修を含む5年間の研修および内科、産婦人科、整形外科、精神科、小児科、そしてわが国にはない皮膚科、耳鼻咽喉科および眼科を含む1年半のサブ特別研修が必要である。しかも、彼らは最低10週間の臨床研究方法論コースを受けなければならず、臨床推論能力と統計学を含む研究方法を身につけることになり、これらはわが国にはない研修コースである。

一方、アンケート調査では日本315名(うち、学生175名)、スウェーデン56名が回答し、総合診療医の希望者は日本、スウェーデンでそれぞれ32.7%および19.6%であり、わが国でも総合診療医のニーズが高まりつつある結果となった。

考察

スウェーデンでは、1990年代の医療改革から、現在のような医療システムを構築してきた。しかし、前述したように医療指標はわが国と大差ないことや患者満足度が高いことなどから、全体としてスウェーデンの医療提供は適切に行われていると考えられる。しかも、全国約1,100ヶ所の入院機能のないPHCによって、医療の提供および総合診療医の養成と臨床研究体制が構築されており、医療の質は保たれている。一方、両国間で人口の規模が10倍程度、税制や医療制度が異なり、安易な比較は禁物ではあるが、超高齢者社会にあるスウェーデンにおけるPHC体制は、制度疲労を起こしたわが国の医療システムを改革するうえで非常に参考になることは間違いない

平成29年度(2017年度)国内共同研究(年齢制限なし)

医療分野での意思決定

加藤 誠之

岩手県立中央病院 がん化学療法科 がん化学療法科長

加藤 誠之

共同研究者
  • 小井田 伸雄
  • 岩手県立大学 総合政策学部 准教授 
研究期間
2017年12月1日〜2018年11月30日
背景と目的

医療では、様々な意思決定局面があり、選択を行う際には科学的なエビデンスが重視されている。しかし、エビデンスは医療のすべての局面で確立されている訳ではない。また、意思決定そのものの理解がされないまま意思決定支援が行われ、これは概ねコミュニケーション論に偏っている。すなわち、現状では、医療分野での意思決定という概念そのものが曖昧である。

医療以外の意思決定に関しては、行動経済学、心理学などの観点から解析が進められ、思い込みによる判断を意味するヒューリスティックや、感情と理性を両輪として意思決定するという二重過程理論の概念は、揺るがない知見となっている。これらは、医学的なコンテクストでも成立するのだろうか。また、医療分野での意思決定に特質はあるのだろうか。医療分野でのヒューリスティックを回避することで、より深い意味での意思決定支援も行える可能性があるが、そのためには、医療分野での意思決定に、行動経済学的なアプローチを導入し、検討することが不可欠である。

研究内容

患者・家族および医療者に対し、医療的な局面での選択の問題を回答していただき、ヒューリスティックの有無、すなわち、選好に実際の偏りが生ずるのか検討した。そのような設問の一つとして、行動経済学で頻繁に用いられる、利得はあるが損失は伴わない条件を用い、政党の政策に対し投票するという設定を行った。抗がん剤の奏効率を0%から10%上げる、10%から30%に上げる、30%から50%に上げる、50%から70%に上げる、90%から100%に上げるという5つの選択肢から、上位3つを順に回答していただいた。この設問で可能性をゼロから上げたいという可能性効果、確率を100%にしたいという確実性効果を測定した。このアンケート結果を、一般(患者、家族)、医療者(医師、看護師、薬剤師)の五つの属性により分類し、投票と属性の関連性を、危険率5%でカイ二乗検定した。また、得票率を用いて、属性ごとの類似性をクラスター解析(ユークリッドの距離、ウォード法)した。

成果

患者・家族において、奏効率を90%から100%にする政党Eが選ばれ(第一位に選んだ患者の割合は44.3%、家族が48.6%、以下も同様)、強い確実性効果の存在が示された。一方、医療者では、政党Eの回答は減少し、特に、医師においての選択割合は10.4%と低かった。可能性効果が反映される政党Aの選択では、薬剤師(48.4%)、看護師(44.4%)、家族(35.1%)で高い割合を示した。一方、患者(17.6%)、医師(25.0%)では政党Aへの投票は少なかった。カイ二乗検定では有意な差を示し、意思決定では、患者・家族、コメディカル、医師の三つのクラスターに分けられた。

考察

本研究により、医療意思決定でのヒューリスティックの存在が示され、属性ごとの意思決定特性も明らかとなった。確実性効果は、患者・家族で非常に大きかった。一方、可能性効果は、家族、コメディカルで大きく、医師、患者で小さかった。助言的立場にある場合、可能性効果が大きくなると理解される。患者は可能性効果が小さく、現実的な面がある。家族は、可能性効果が大きく、想定されているより客観的な第三者とはなりにくいことも明らかとなった。これらの知見を臨床の場面で活用することは、医療分野での意思決定の質を上げるのに役立つと考えられる。

平成29年度(2017年度)国内共同研究(満39歳以下)

健診を活用した簡便な認知機能評価に基づく認知症の
超早期発見と三次予防効果の検証

森田 彩子

東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科 国際健康推進医学分野 助教

森田 彩子

共同研究者
  • 村山 洋史
  • 東京大学 高齢社会総合研究機構 特任講師
  • 柳 奈津代
  • 千葉大学大学院 医学薬学府先端医学薬学専攻 薬剤師/大学院生
研究期間
2017年12月1日〜2018年11月30日
背景と目的

認知症は、根本的な治療法が未だ確立されてはいないが、主観的記憶障害(Subjective Cognitive Impairment: SCI)や軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment: MCI)といった超初期段階で適切な生活習慣の改善やリスク要因への介入を行うことで、認知症への進行を予防したり、発症を遅延したりできる可能性が指摘されている。これより、健診等を活用して継続的な認知機能評価を行うことで、地域在住高齢者の認知機能低下に対する気づきを促し、認知症の超早期発見および早期対応の確率を高める可能性が期待されている。しかし、時間的制約の多い現場で認知症の超初期兆候を正確にスクリーニングできる簡便な検査は限られており、実証的研究に基づく科学的エビデンスはこれまで報告されていない。本研究は、地域在住高齢者を対象に、簡便な神経心理学的検査を用いた認知症の超早期発見効果および三次予防効果の検証を試みた。

研究内容
  1. Quick Mild Cognitive Impairment Screenと呼ばれる簡便(<5分)で、認知障害検出の妥当性および信頼性の高い認知機能スクリーニング検査の日本語版(Qmci-J)を完成させた(紙媒体およびパソコン/タブレット上で提供可能)。
  2. 新潟県T市在住の地域高齢者(N=526)を対象に、外的基準として日本語版Standardized Mental Mini State Examination(sMMSE-J)を用いて、Qmci-Jの妥当性を検討した。
  3. 宮城県W町の65歳以上の国保加入者を対象に、特定/後期高齢者健診会場でQmci-Jを実施し、受検に関連する心理的および社会的特性を探索した。また、受検群と非受検群における物忘れ外来の新規受診率および介護予防教室の参加率の比較を行った。
  4. 認知機能低下群と非低下群の地域ネットワーク比較を行い、地域における認知機能が低下した者のゲートキーパー候補について検討した。
成果

Qmci-JはsMMSE-J得点と中程度の相関を示し(Spearman’s r=0.49, p<0.001)、sMMSE-Jで予測される認知障害について中程度の予測能を示した(AUC:0.74, 95%信頼区間(CI): 0.70, 0.79)。カットオフ60/61/100を用いると、sMMSE-Jで予測される認知障害の検出感度および特異度は、73.0%、68.0%であった。実施平均時間は健診会場で5分、研究現場で6分であった。健診会場での実施に対して受検意図を表明する割合は、援助希求態度や社会的凝集性が高い群が高く(Prevalence Ratio(PR): 1.11, 95%CI: 1.02, 1.20;PR: 1.14, 95%CI:1.04, 1.26)、受診行動の割合は認知症に対する理解度が高い群(PR: 1.11, 95%CI: 1.02, 1.20)、共生態度が低い群(調整後PR: 1.23, 95%CI: 1.08, 1.43)が高かった。非受検群と比べて受検群は、物忘れ外来の新規受診率および介護予防教室の参加率が高かった(0.40% vs. 0.16%, p<0.001; 0.40% vs. 0.13%, p<0.001)。過去1ヶ月間の人的交流は、認知障害の程度が強いほど民生委員との接触割合が低かった(p<0.004)。

考察

Qmci-Jを用いた認知障害の診断群の分類はsMMSE-Jを用いた分類と中程度の一致が認められ、時間的制約の多い現場でのプレスクリーニングツールとして有用であると考えられる。認知機能スクリーニング検査への受検を促すには、認知症に対する知識に加え、援助希求態度や社会的凝集性への働きかけが有効である可能性が示唆された。今後、Qmci-Jの臨床的妥当性を検証すると共に、認知症の予防的介入に活用できる社会的ネットワークをより具体的に明らかにしてゆくことが求められる。

研究助成成果報告一覧