ライブラリー

vol.75

※研究期間、共同研究者の所属・職名は助成時のもの

平成29年度(2017年度)国際共同研究

がんゲノム医療推進のための日米比較研究

安井 寛

東京大学医科学研究所/附属病院血液腫瘍内科 特任准教授

安井 寛

共同研究者
  • 秀島 輝
  • ハーバード大学 ダナファーバーがん研究所 血液腫瘍部門〈米国〉Principal Associate in Medicine
  • 佐々 義子
  • NPO法人 くらしとバイオプラザ21 常任理事
  • 田村 智英子
  • FMC東京クリニック 認定遺伝カウンセラー
  • 鈴木 三紀子
  • 東京大学医科学研究所 学術支援専門職員
研究期間
2017年12月1日〜2018年11月30日
背景と目的

がんゲノム医療とは、主に腫瘍細胞の遺伝子情報に基づく治療薬選択など、遺伝子情報に基づくがんの診断・治療・予防である。諸外国と比較し実用化の遅れが指摘されてきた本邦でも、2019年6月にがん遺伝子パネル検査が保険適用され、実用化に至った。がん遺伝子パネル検査の算定は患者1人につき1回、標準治療がない固形がん患者または局所進行や転移が認められ標準治療が終了となった全身状態良好な固形がん患者に限り、全国11か所のがんゲノム医療中核拠点病院、156か所のがんゲノム医療連携病院の限定で、固形がん患者のごく一部を対象にがんゲノム医療が展開されることとなる。今後、がん罹患者数100万人を超え、年々増加するがん患者にどの程度のがんゲノム医療をどのように提供できるかが課題となる。申請者は、2018年より日米のがんゲノム医療とそのとりまく環境を比較調査し、本邦のがんゲノム医療の普及・均てん化を促進する方策を検討した。国内のがん患者へのがんゲノム医療均てん化を目指した体制構築を目的にその促進因子と阻害因子を明らかにし、その対策を検討する。

研究内容

日米におけるがんゲノム医療の現況と、普及促進の背景因子を調査するために、論文・書籍等の文献調査を行った。次に下記項目について、がんゲノム医療を提供するがんゲノム医療担当者、普及の対象となる一般市民・患者、普及に関連する医療関係者・教育者・メディア関係者等の有識者を対象にヒアリング調査を行い、結果を比較検討した。①がんゲノム医療のメリット、デメリット、②がんゲノム医療を推進するために必要なこと、③日米のがんゲノム医療の違い、④ゲノムリタラシー、⑤がん治療にゲノム検査は必須か、⑥自分自身のゲノム情報を知ることは当然と思うか、⑦自分自身のがんゲノム情報を知りたいか、⑧均てん化に向かう方策。

成果

日米26名にヒアリングを依頼し26名に調査を行った。がんゲノム医療の実用化が先行している米国においてはがんゲノム医療の現況に地域差、拠点差が大きいことが調査結果から予測された。一方、後発である日本においては国主導で比較的短期間で開発を進めていることから地域差、拠点差が少なく開発が進む可能性が調査結果から予測された。聞き取り調査の結果とその比較検討により、普及促進の背景因子が抽出された。文献調査とヒアリング調査からなる本研究により、日米におけるがんゲノム医療の現況への理解が深まった。

考察

がん遺伝子パネル検査が保険適用になったとはいえ、対象がんも対応薬も限られている。日米のヒアリング調査からは個人レベルのゲノム検査に関する意識に関しては大きな開きは見いだせなかった。今後、がんゲノム医療が普及し、より広くのがん罹患者に利活用されるには社会の構造、医療保険制度、経済状況等、様々な因子が関わってくることが予想される。今回の調査で見出した内容が、国民が公正にがんゲノム医療とその恩恵を享受できるための方策の策定に資するものとなれば幸いである。

平成29年度(2017年度)国際共同研究

ミャンマー、タイ都市部における2型糖尿病患者の
食習慣・活動習慣の実態

湯浅 資之

順天堂大学国際教養学部国際教養学科 教授

湯浅 資之

共同研究者
  • Ahmad Ishtiaq
  • 順天堂大学大学院医学研究科公衆衛生学講座 博士課程1年 医師
  • 上野 里美
  • 順天堂大学大学院医学研究科公衆衛生学講座 博士課程1年 看護師
  • Ko Ko
  • University of Medicine 2,Yangon〈ミャンマー〉
    Senior Consultant Physician
  • Tint Swe Latt
  • Myanmar Diabetes Association〈ミャンマー〉 President, Professor
  • Myo Nyein Aung
  • Faculty of Medicine Chulalongkon University / WHO Collaborating Center forMedical Education〈タイ〉 Lecture
研究期間
2017年12月1日〜2018年11月30日
背景と目的

本研究者らは、2014年に実施された世界保健機関によるSTEP調査の結果を用い、ミャンマーの25~64歳の成人における糖尿病患者推計が10.5%、耐糖能異常が19.7%であることを明らかにした。とりわけ都市部ヤンゴンでは18.2%と高値であった。先行研究によると、ミャンマーにおける高い糖尿病有病率は、高脂肪および低繊維食物の頻回摂取といった西洋型の食事摂取パターンと関連していた。一方、身体活動に関する報告は非常に限られている。

隣国のタイでは、2014年の2型糖尿病の有病率は9.9%であり、糖尿病人口が年々増加し医療費に負担がかかっている。こうした課題にタイ政府は、国民皆保険制度や健康増進活動の推進など、課題解決に向けた取組みを進めている。

本研究では、ミャンマー都市部における糖尿病の有病率増加の原因を解明するために、糖尿病の環境因子である食習慣、身体活動習慣の分析、ならびにミャンマーと社会・文化的背景の類似するタイとの比較研究を行った。

研究内容
調査1:
ミャンマーでの症例対照研究では、ヤンゴン地域に在住する25~74歳の300人(新たに診断された150名の症例群と150名の対照群)が選出された。適格基準として、空腹時血糖値(FBG)が126mg/dl 以上を症例群、110mg/dl 以下を対照群とした。妥当性・信頼性のある食物摂取頻度質問票を使用し個人の食事摂取頻度と一部について摂取量を聞いた。また、身体活動の測定には国際標準化身体活動質問票(短縮版)を使用した。身体測定と血圧測定には標準的な指標を適用し、ボディマス指数(BMI)とウェスト・ヒップ比(WHR)を計算した。
調査2:
タイとミャンマーの比較は、ミャンマー研究の対照群150名及びミャンマーと同様の手法と適格基準を用いてサンプリングしたタイ国チェンマイ地域の住民150名を対象に行った。研究参加者に手作り料理のサンプルを持参してもらい、食品の塩分測定を「デジタル塩分計(アタゴ社ES421)」で、糖分測定については「ポケット糖度計(アタゴ社PAL-J)」を用いて測定し、それぞれのデータを比較した。
成果
調査1:
ミャンマーの症例群は男性が47名(44.7%)、対照群は男性67名(31.3%)、平均年齢(SD)は症例群55.1歳(±10.9)、対照群43.3歳(±14.8)であった。食行動に関して、「毎日3食規則的な食事摂取」あるいは「野菜や果物を摂取」している者は症例群130名(86.7%)、対照群98名(65.3%)、p<0.001を示した。身体活動は症例群と対照群それぞれ低程度が43名(42.2%)、59名(57.8%)、中程度82名(58.2%)、59名(41.8%)、高程度25名(43.9%)、32名(56.1%)であった。
調査2:
タイの対照群は男性41名(27.3%)であった。ミャンマーとタイの対照群(非糖尿病)の比較では、食品中の塩分の平均(SD)が1.7%(±0.71)、1.3%(±0.39)、P<0.001であった。食品中糖分は3.6%(±1.57)、6.1%(±2.33)、P<0.001であった。t検定による身体活動の比較では、METs-min / 週の平均(SD)はミャンマー対照群16,797.4(±154.3)、タイ対照群21,040.0(±218.4)と、ミャンマー対照群の方が低値であることが示された。カテゴリー分析では、ミャンマー対照群とタイ対照群それぞれ低程度の身体活動が44名(43.6%)、57名(56.4%)、中程度81名(60.0%)、54名(40.0%)および高程度25名(39.1%)、39名(60.9%)であった。
考察

ミャンマー人の食事は塩分が多く、身体活動量も低い一方、タイ人の食事は糖分が多かった。異なる食習慣、食文化および低い身体活動は、ミャンマーとタイ両国における糖尿病増加の一因となる可能性があることが示された。本研究の結果は糖尿病の予防のための政策開発と介入に資する。さらに、糖尿病とそのリスク要因、および地域レベルの予防につながる介入研究にとって重要な示唆を与えると考えられる。

平成29年度(2017年度)国内共同研究(年齢制限なし)

ケアプランの作成プロセスの見える化に関する
実験的研究

多賀 努

早稲田大学 人間科学学術院 准教授

多賀 努

共同研究者
  • 木田 正吾
  • NPOむすび 介護支援専門員
  • 内田 和宏
  • サービス付き高齢者向け住宅 あいの郷 管理者
研究期間
2017年12月1日〜2018年11月30日
背景と目的

介護保険制度におけるケアマネジメントの質の向上に関して、厚生労働省は「アセスメント(課題把握)が必ずしも十分でない」と指摘している。東京都はガイドラインの作成と、リ・アセスメント支援シートを活用した研修の推進を通じて、アセスメント情報の収集・分析力の向上に寄与してきた。しかし、収集・分析した情報とケアプランの作成をつなぐプロセスはブラックボックスのままになっており、依然として、ケアマネジャーにとっては高いハードルになっている。そこで、このプロセスを見える化すれば、ケアマネジメントの質の向上を図る上で一つのブレークスルーが期待できるものの、先行研究は行われていない。本研究は、ケアマネジャーのヒューリスティックス(経験則)に着目する点に特徴がある。ヒューリスティックスは、不確実な状況における意思決定過程を説明する行動経済学の理論であるが、福祉分野での実用的な研究は本研究が初めてである。この理論を援用し、ケアマネジャーがアセスメント情報を取捨選択し、介護保険サービスを組み立てるプロセスを見える化することが本研究の目的である。

研究内容
調査協力者
機縁法によって、東京都A区在勤の居宅介護支援専門員31名(主任11名、男7名・女24名、平均年齢50歳、平均経験年数6.5年、年間平均研修回数9回)に協力を依頼した。
期 間
2018年6月-11月
方 法
介護保険サービスを利用するA区在住の2人(脳血管障害事例・認知症事例)に研究協力を依頼した。共同研究者(介護支援専門員有資格者)が二人にアセスメント面接を行い、その様子をビデオカメラで映像収録した。次いで、各事例を動画編集し、補足資料を作成した。補足資料には、基本属性・世帯構成・生活歴・現病歴・経済状況・日常生活動作・間取り等の情報を記載した。調査協力者は、各事例の動画をPCで視聴し、補足資料も併用してアセスメントを行い、リ・アセスメント支援シート(東京都)を使って居宅サービス計画書第2表(以下、第2表)を作成した。1事例につき1時間で第2表を作成し、2事例が終了した後、半構造化面接調査を行った。調査項目は、[1]ケアプラン作成のどこにもっとも時間がかかったか?[2]アセスメント情報を積み上げてケアプランをつくったか?などである。ICレコーダで音声を収録後、逐語録を作成し、主題分析を行った。
成果

第2表の作成プロセスには、2つのタイプのヒューリスティックスが見られた。

目標先行型
第2表の長・短期目標が作成しやすいタイプ。生育歴・生活歴等に焦点を当てたアセスメントに特徴がある。ケアマネジャーには本人が望むであろう将来像が見え、その実現のためにサービスを選択する。そのため、長・短期目標に即して援助内容が作成される。
予後予測型
第2表の長・短期目標が作成しにくいタイプ。日常生活動作等の「できない」ことに焦点を当てたアセスメントに特徴がある。ケアマネジャーは、「できない」ことを「できるようにする」(ニーズ)ためにサービスを選択する。ニーズに即して援助内容が作成されるため、長・短期目標が後付けになりやすい。
考察

ケアプランは、本人の文言を活かした長・短期目標の作成が求められている。「目標先行型」は、生活歴等を聞く過程で本人の望むであろう将来像が見えるので、長・短期目標に関連する文言を聞き出しやすい。一方、「予後予測型」は、ニーズ本位にアセスメントを行うため、長・短期目標に関連する文言を本人から聞き出しにくく、長・短期目標の作成に労力・時間が多くかかる。加えて、ニーズとサービスが対応関係にあるので、長・短期目標がなくても援助内容は変わらないという意見も多く聞かれた。また、第3のタイプとして、いずれのヒューリスティックスも用いず、ケアプランの作成手順に則って第2表を作成する「積み上げ型」があった。このタイプは経験の浅いケアマネジャーに多く、ケアマネジメント力向上のための研修が役立ったという意見は少なかった。ケアマネジメント力の向上を効果的に図るためには、タイプの見極めとタイプ別のヒューリスティックスの体得など、各タイプの特徴をふまえた研修を行うことが課題であることが示唆された。

研究助成成果報告一覧