ライブラリー

vol.74

※研究期間、共同研究者の所属・職名は助成時のもの

平成28年度(2016年度)国際共同研究

高齢者の「人生の最終段階における治療方針に関する話し合い」実践を阻害する家族・社会的要因の分析:日台国際比較研究

宮下 淳

福島県立医科大学白河総合診療アカデミー 講師╱
京都大学大学院医学研究社会健康医学系専攻医療疫学分野 研究員

宮下 淳

共同研究者
  • 福原 俊一
  • 京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻医療疫学教室 教授
  • 山本 洋介
  • 京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻医療疫学教室 准教授
  • 清水 さやか
  • 京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻医療疫学教室 特定助教
  • 長沼 透
  • 福島県立医科大学臨床研究イノベーションセンター 助手
  • 西村 真由美
  • 京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻健康情報学教室
    専門職学位課程
  • 河野 文子
  • 京都大学大学院医学研究科医学専攻健康情報学教室 博士課程
  • 濱口 杉大
  • 江別市立病院総合内科総合内科医教育センター長 兼 総合内科主任部長
  • 東 光久
  • 福島県立医科大学白河総合診療アカデミー 准教授
  • Chang-Chuan Chan
  • College of Public Health, National Taiwan University〈台湾〉Associate Dean & Professor
研究期間
2016年12月1日~2017年11月30日
背景と目的

人生の最終段階における治療方針に関する話し合い(Advance Care Planning, ACP)は終末期医療の質を向上させると報告されており、近年、欧米だけでなく、日本や台湾を含むアジア諸国においてもACPに対する関心は高まっている。しかしながら、台湾ではACPに関する法的整備が整いつつある一方で、日本にはなく、各国の状況は異なっている。また、ACP話し合いを開始すべき病期についてのコンセンサスはない。本研究の目的として、①日本と台湾の成人患者がACP話し合いを許容する病期(ACP許容病期)を明らかし、②早期のACP許容に関連する社会的要因、家族的要因を同定し、日本と台湾において比較することである。

研究内容

混合研究法(収斂デザイン)を用いた。日本・台湾の6病院の外来で、定期受診する患者(40-75歳)からランダム抽出し、シナリオ(脳梗塞・心不全・肺癌)に基づく3種の質問紙のいずれかを配布した。ACP許容病期を4段階(Non-frail、Early pre-frail、Late pre-frail、Frail)とし、さらにNon-frail段階でのACPを早期ACPと定義した。ACP許容病期の割合を国別、シナリオ別に記述し、カイ二乗検定で比較した。ACP許容の根拠となるACPに対する認識を質的内容分析の手法で分析し、カテゴリーを抽出した。さらに、量的調査結果と質的分析結果を統合した。また補足的な解析として、国別に修正ポアソン回帰分析を用いて早期ACPに関連する要因を探索した。

成果

701名(日本366名、台湾335名)から回答を得た。早期ACP許容割合は、台湾の回答者の方が、日本の回答者よりも有意に高く(日本72%、台湾84%、P<0.001)、Early pre-frail段階までのACP許容割合は、両国に差は無かった(日本91%、台湾93%、P=0.26)。脳梗塞、心不全、肺癌のシナリオ別の早期ACP割合は、日本68%、67%、80%、台湾76%、82%、87%であった。質的内容分析では、「転ばぬ先の杖」「終末期の具体的イメージが不可欠」「必然の終末期と向き合う」「医療者主導の話し合い」の4カテゴリーが抽出された。「転ばぬ先の杖」(日本63%、台湾60%)、「終末期の具体的イメージが不可欠」(日本18%、台湾18%)の2カテゴリーに言及した回答者の割合は両国で差はなかった。日本では「医療者主導の話し合い」(日本20%、台湾10%)、台湾では「必然の終末期に向き合う」(日本5%、台湾18%)に言及する回答者が相手国よりも多かった。両国とも「終末期の具体的イメージが不可欠」に言及した回答者の早期ACP許容割合は、他の3カテゴリー「転ばぬ先の杖」「必然の終末期と向き合う」「医療者主導の話し合い」に比べて低かった(日本38%対85%対75%対75%、台湾49%対91%対85%対78%)。早期ACP許容に関連する要因として、日本では若年・低い身体機能・延命治療拒否、台湾では高齢・社会的サポート・家族の介護経験・低いメンタルヘルスが同定された。

考察

両国とも多数が早期のACPを許容したが、終末期の具体的イメージが不可欠に言及した少数者は早期開始を選択しない傾向があった。台湾では日本よりも早期のACPを許容している者が多く、特に台湾では高齢者ほど早期のACPを許容した。一方、日本では医療者主導の話し合いを望むというACPに対する受動的な姿勢が見られた。関連する要因やACPに対する認識を考慮し、各国に適したACP促進プログラムの開発が必要と考えられる。

平成28年度(2016年度)国内共同研究(年齢制限なし)

災害時診療概況報告標準システムJ-SPEEDの
教育・利用環境の整備に関する研究

久保 達彦

産業医科大学 医学部公衆衛生学 講師

久保 達彦

共同研究者
  • 佐藤 栄一
  • 新潟大学医学部災害医療教育センター 特任准教授
研究期間
2016年12月1日~2017年9月30日
背景と目的

発表者らは、フィリピン保健省がWHOと共同開発した災害時サーベイランスシステムSPEEDをモデルに、日本版となるJ-SPEEDを開発した。同システムは日本医師会・日本災害医学会・日本救急医学会・日本診療情報管理学会・日本病院会・日本精神科病院協会・国際協力機構が合同で設置する「災害時の診療録のあり方に関する合同委員会」が提唱する標準災害診療記録に収載されており、2016年4月に発生した熊本大地震では実際に稼働され大きな役割を果たした。一方、課題として平時の教育・利用環境の整備を進めることが指摘された。そこで、本研究では成果物として研究期間内に、①J-SPEEDに関する情報提供のWEBコンテンツを研究開発、②実際の災害対応時に災害医療チームからの報告を集約するためのWEBシステムのベータ版の研究開発、③研修会等で利用するJ-SPEEDに関する教育ツールの研究開発、の3点を開発することを目的として研究を推進することとした。

研究内容

研究開発においてはまず、熊本地震での運用状況の分析から実施した。その結果、J-SPEED運用は、サーベイランスという用語よりも診療日報という用語・位置づけが運用実態に沿っており、理解されやすいと分析された。また災害医療チーム内での運用は、医師と業務調整員にわけて行うことが最も効率的と分析された。これらの知見をもとに、以下の成果物の研究開発を進めた。

J-SPEED情報提供サイト
内容としては、J-SPEEDの開発経緯、利用方法説明、教育コンテンツへのリンク。電子システムへのリンク、災害時の緊急告知、よくある質問(FAQ)、関連研究紹介を含めた。
【J-SPEED情報提供サイト】https://www.j-speed.org/
災害医療チームからの報告を集約するためのWEBシステムのベータ版
災害時にJ-SPEEDデータを入力報告する電子システムのベータ版を開発した。現在はオフライン入力にも対応するスマートフォンアプリにまで研究開発が進展している。
J-SPEEDに関する教育ツール
パワーポイント標準教育資料の開発、動画説明、電子システムの動画説明を各開発した。
成果

上記①②③の研究開発成果を得た。研究開発成果、並びに研究開発によって蓄積された知見は、2018年に発生した平成30年7月豪雨災害、北海道胆振東部地震において実用され、被災者支援調整に実際に貢献した。

J-SPEEDの取り組みは国際的にも注目を集めることとなり、世界保健機関WHOは、J-SPEEDをベースにEmergency Medical Team Minimum Data Set(MDS)を開発し、WHO国際標準として採用した。

考察

災害医療支援は利用可能な資源が限られるなかで、派遣元の異なるチームが協同して展開される。そのような環境で利用されるツールには、単純明快で、何より有用であることが必要がある。この災害医療の課題特性は国を問わずuniversalなものである。そういった分野特性が、J-SPEEDをベースとした日本発WHO国際標準が誕生に寄与しているように思われる。今後も災害対応大国である我が国の先進知見を国際発信していきたい。

平成28年度(2016年度)国内共同研究(満39歳以下)

消費者によるネットを介した医療用医薬品個人輸入の現状の
目的適合性、危険性の評価

岸本 桂子

昭和大学薬学部 社会健康薬学講座 社会薬学部門 教授

岸本 桂子

共同研究者
  • 福本 真理子
  • 臨床薬学研究・教育センター臨床薬学(中毒学) 准教授
研究期間
2016年12月1日~2017年11月30日
背景と目的

海外で受けた薬物治療を継続する必要がある場合等への配慮により、本邦では医師の処方箋なしに医療用医薬品(未承認医薬品)を個人輸入することが可能である。しかし、個人輸入代行Webサイトでは承認医薬品として存在する成分を含有する医療用医薬品を多種取り扱っている。消費者はネット上の個人輸入代行サイトを介し、がん治療薬、低用量ピル、睡眠・抗不安薬、性機能改善薬、抗肥満薬等を購入している実態があり、本来の目的から逸脱した個人輸入が散見される。個人輸入した医薬品に起因する自殺、救急搬送などの正確な実態は掴めていないが、いくつか報告されている。一方、諸外国では医療用医薬品の消費者による個人輸入は規制されている。

情報通信環境が発達した現代において、これまでの本邦における医薬品個人輸入のあり方が適切であるか再検討する必要がある。本研究では、個人輸入代行サイトが取扱う医薬品及び個人輸入経験者を対象とした2つの調査から、処方薬の個人輸入及び使用に関する客観的データを収集し、目的適合性評価、自己使用の危険性評価を行う。

研究内容
  1. 医薬品個人輸入代行業6Webサイトの取扱い医薬品を集計し、薬効の分類を行った。国内承認医薬品が存在する成分について、添付文書を用い、警告の記載、禁忌項目数、劇薬等の集計を行った。
  2. 2017年11月に7万人を対象にWeb調査を行い、医薬品の個人輸入の経験、個人輸入経験のある医薬品、個人輸入医薬品による健康被害の経験などについて質問した。更に、疾患治療薬の個人輸入経験者を対象に、個人輸入した疾患治療薬を医師から処方された経験の有無、医師による診断の有無などについて調査した。
成果

医薬品個人輸入代行業6サイトでは、合計1565品目(内服1244品目)、523成分(内服378成分)が取り扱われていた。ラインナップは中枢神経系薬274品目(79成分)、循環器用薬208品目(60成分)、抗微生物薬154品目(54成分)、性機能改善薬144品目(10成分)、糖尿病/痛風/骨粗鬆症治療薬82品目(34成分)、注射薬39品目(18成分)などであった。

医薬品個人輸入経験者のうち20%が健康被害を経験し、その内30%が病院等を受診していた。受診した者の内31%は医師に原因である個人輸入薬を知らせていなかった。疾患治療薬の個人輸入経験者のうち、56%は医師から処方された経験がなく、44%の者は医師から診断されていない疾患に対する治療薬を個人輸入していた。

考察

個人輸入代行業Webサイトが取扱う医薬品は、性機能改善薬や抗肥満薬といった生活改善薬が代表的であるが、多種多様な疾患治療薬が取扱われ、広範囲な医薬品の取扱いが確認された。国内に類似薬・代替薬が存在しないのは内服薬375成分中1成分であり、海外で受けた薬物治療継続という目的に合致しないラインナップであった。

個人輸入薬による健康被害経験者は2割であり、その内、病院を受診した際に医師に起因物が個人輸入医薬品である旨を伝えない者も存在していた。また、疾患治療薬の個人輸入者の半数は、医師の処方を受けた経験のない疾患治療薬を個人輸入し使用していた。

現在の日本では、医療者は個人輸入医薬品も患者背景として考慮する必要があるといえる。

平成28年度(2016年度)国内共同研究(満39歳以下)

CT撮影における各臓器の医療被曝量の測定と
被曝量低減効果の検討

山下 一太

徳島大学大学院 運動機能外科学 講師

山下 一太

共同研究者
  • 東野 恒作
  • クリニカルアナトミー教育・研究センター 准教授
  • 林 裕晃
  • 徳島大学大学院保健科学部 医用理工学 助教
研究期間
2016年12月1日~2017年11月30日
背景と目的

CTにより得られる情報は多く、現代医学では必須のモダリティーであり、使用頻度は高い。特に日本国内では、保険制度が充実しており、欧米と比較してCT撮影を施行する頻度は高いことが分かっている。その一方でCTによる医療被曝量は単純X線撮影と比べて非常に大きく、その影響が懸念される。しかし、これまでCTによる体内の各臓器の被曝量は、ファントムを用いた理論値しか知り得ず、真の被曝量は不明であった。本研究の目的は、CT撮影による人体の各臓器の医療被曝量を正確に測定し、検証を行うことである。

研究内容

新鮮未固定遺体6体(男性4体, 女性2体 平均値;身長158.9cm 体重51.6kg BMI20.4)を対象とした。遺体の各臓器(大脳、水晶体、甲状腺、肺、肝、小腸、大腸、性腺、皮膚)にOptically Stimulated Luminescence(OSL) 線量計(nanoDot 長瀬Landauer)を埋没した後、CT撮影を施行した(SOMATOM Emotion SIEMENS 16列)。CTは実臨床に則した形で、全身CT(130kV, 100mAs)、頭部CT(130kV, 220mAs)、胸部CT(110kV, 15mAs)、腹部CT(130kV, 100mAs)をそれぞれ撮影した。各撮影後、臓器に埋没した全線量計を摘出して専用の測定機(microSTAR, 長瀬Landauer)を用いて計測した。

成果

CT撮影による各臓器の医療被曝量の平均値は、全身CTで大脳13.7mGy、水晶体13.1mGy、甲状腺19.9 mGy、性腺15.0mGy、臍部皮膚19.2mGy、頭部CTで大脳30.9mGy、水晶体29.9mGy、甲状腺1.32mGy、性腺 0.02mGy、臍部皮膚0.07mGy、腹部CTで大脳0.06mGy、水晶体0.13mGy、甲状腺0.16mGy、性腺4.37mGy、臍部皮膚15.63mGyであった。また腹部CT撮影時の性腺の医療被曝量は男性0.56mGy、女性11.96mGyであった。

考察

想定していた通り、CT撮影範囲内の臓器への医療被曝量は大きかった。また撮影範囲外の臓器への散乱線による医療被曝量も想定値より大きかった。現時点では、得られる医療情報による有益性を優先して、医療被曝量の制限値は定められていない。本研究結果は、CT撮影による患者の各臓器への医療被曝量を実際に測定した初めての報告であり、実臨床でCT撮影を考慮する際の各臓器への被曝量を知る上で重要な指標となり得る。

研究助成成果報告一覧