ライブラリー

vol.73

※研究期間、共同研究者の所属・職名は助成時のもの

平成28年度(2016年度)国際共同研究

先端医療ツーリズム帰国者が直面する課題:
現行医療制度下での継続治療の問題を中心に

岩江 荘介

宮崎大学医学部附属病院 臨床研究支援センター 准教授

岩江 荘介

共同研究者
  • Alan Petersen
  • モナシュ大学〈オーストラリア〉 社会学部社会科学学科 教授/
    社会学部長
  • 大森 真保
  • スウィンバン大学〈オーストラリア〉 社会学研究員
研究期間
2016年12月1日~2017年11月30日
背景と目的

本研究では、臓器移植や再生医療など先端医療技術を使った治療を国外で受けた患者が、帰国後の継続治療やケア等を求める際に直面する倫理的・社会的課題に注目し、日本とオーストラリア両国の医療者等にインタビューを行い、課題をとりまく現状を分析することで、患者の権利保護や医師の応召義務の在り方について示唆を得ることを目的とする。メディカル・ツーリズムの中でも、臓器移植、がん治療、再生医療など先端かつ高難度な医療技術を使った治療の提供を売りにしたメディカル・ツーリズム(以下「先端医療ツーリズム」と呼ぶ)は、医療安全や医療倫理の面で多くの問題を含むとされている。関連する先行研究では、関与する医療機関の治療内容や成績に関する情報公開の状況や、患者募集の方法について批判的に考察しているものが多い。一方、治療後あるいは帰国後に患者が直面する重要な問題として、適正な継続治療あるいはケアへのアクセスなどがあるが、あまり議論が進んでいない。

研究内容

先行研究の焦点が、先端医療ツーリズムを利用しようとする患者の治療選択や意思決定をいかに適正にするか、という点に置かれているのに対し、本研究では、患者が帰国した後の継続治療やケアのアクセスの在り方、という論点に注目した。上記論点について、日本とオーストラリアの医師などにインタビュー調査を行って実態調査を行った。まず、術後合併症などを抱えた患者を受診した経験や、医療機関としての受入れ姿勢の現状といった「①医療機関による先端医療ツーリズムを経験した患者の受入れ」について調査を行った。次に、健康保険など既存の社会福祉制度の利用可能性など「②先端医療ツーリズム後の継続治療への健康保険などの適用」について調査した。比較分析の対象に日本とオーストラリアを選択したのは、両国とも先端医療ツーリズムの拠点である東南アジア諸国に近いこと、公的保険制度が充実しており通常ならば標準治療へのアクセスが容易であること、といった点で類似しているからである。

成果

インタビュー調査は、日本国内で6名(医師3名・患者支援者1名・政策研究者1名・マスコミ関係者1名)、オーストラリア国内で10名(医師5名・患者4名・患者支援者1名)に実施し、以下のことが明らかになった。論点①について、日豪の医師とも、基本的に診察を拒否しないという意見がほとんどであった。ただ、日本の医師からは、前治療が原因で健康被害が生じても、引き継いだ医師の責任が問われることへの懸念が示された。論点②について、オーストラリア政府は健康保険制度の適用を嫌う傾向があることが明らかになった。ただ、日豪ともに、医療の現場では、先端医療ツーリズム後の治療という理由で公的保険制度へのアクセスを制限することはないということであった。

考察

本研究を通じて、先端医療ツーリズムを経験した患者の継続治療・ケアへのアクセスについては、日豪両国とも、(社会的な)問題になっていないことが明らかになった。ただ、それは制度的に解決されたものではなく、医師の応召義務あるいは治療に携わる医療者の良心・倫理観によって維持された不安定なものであった。先端医療ツーリズムについては、治療内容に関する情報公開やインフォームド・コンセントなどの適正化(入口対策)によって、不適正な医療の提供を抑制することは重要である。一方で、重篤な疾患を持つ患者の中には、治癒・改善よりも治療を受けることが主目的となっている場合もある。そのため、治療後の継続的治療・ケアのあり方(出口対策)について制度的な対応の要否も議論が必要である。

平成28年度(2016年度)国内共同研究

訪問看護ステーションの持続可能な健全性モデルの
確立と社会実装

岡本 双美子

大阪府立大学大学院 看護学研究科家族支援領域家族看護学分野 准教授

岡本 双美子

共同研究者
  • 黒木 淳
  • 横浜市立大学学術院国際総合科学群人文社会科学系列 専任講師
  • 香川 由美子
  • 大阪府立大学大学院看護学研究科 准教授
研究期間
2016年12月1日~2017年11月30日
背景と目的

2025年の高齢化ピークを見据えた地域包括ケアシステム構築に向け、訪問看護の強化が重要となり、なかでも訪問看護事業所の基盤強化は在宅医療推進における喫緊の課題である。各都道府県では2016年3月に地域医療構想を設定し、機能別の病床数の管理のほか在宅医療等の推進が予定され、その将来の需要の増加に合わせて健全な訪問看護ステーションの体制整備が急務となっており、本研究の成果は実務面や政策面にも多大な影響を及ぼすことが期待できると考える。

本研究は、2点を明らかにする。①A県内訪問看護ステーション実態調査から得られたデータを分析し、訪問看護ステーションの機能強化として、財務状況との関連性の観点から訪問看護ステーションの適正な常勤換算看護師数で現在のサービスが長期的に持続可能であるかを実証的に明らかにする。②訪問看護ステーション数カ所に現地調査を行い、経営健全性に関する質的なデータ収集を行い、健全性モデルに反映されない持続可能な経営に向けた要因を探求する。

研究内容
健全性モデル:A県が2016年度に実施した「訪問看護ステーション実態調査」及び「経営モデル作成用アンケート」(2015年度決算報告)から回答を得た109 訪問看護ステーション事業所の決算データを用いた。実施内容:訪問看護ステーションの健全性に関する収益及び費用に関する尺度を質問項目とした。方法:各種データを用いて損益分岐点となる常勤換算看護師数を算定した。加えて、これらの尺度を用いて算定したスコアによって健全性を定量的に測定可能とした。達成する目標:モデルを用いてスコアを算定し、政策に参考となる情報を提供する。
持続可能な経営の要因:実施内容:訪問看護ステーション管理者を対象とした。方法:利用者獲得や看護師の雇用、看護ケアの質の維持・向上のための取り組みと課題についてなどについて半構成的インタビューを実施した。達成する目標:社会実装によって、健全性モデルに反映されない持続可能な経営に向けた要因を探求する。

なお、本研究は所属大学研究倫理委員会による承認を得て実施した。

成果
総収入利益率が高く、従業員数の多い事業所ほど、24時間対応体制加算やターミナルケア加算を請求する可能性が高く、規模を拡大する意向が強いことが明らかになった。さらに、望ましい従業員数として6名以上であることが損益分岐点従業員数の算定から示された。
対象は10事業所、常勤換算数は平均7.43人であった。営業時間は5事業所が平日のみ、1事業所は毎日営業していた。利用者は0~100歳以上と全年齢を対象としていた。取り組みでは、利用者やクレームへの対応を充実し家族の思いに寄り添うことで関係者の信頼を高めることや、多職種へ広報することで利用者を確保していた。また、課題では、自組織で完結するのではなく、外部組織と連携することや、管理者育成や管理者間の情報共有があげられた。
考察
今後、訪問看護ステーションの機能強化を図るのであれば、その要件として、財務業績が良く、従業員数が多い事業所に注目することが効率的であることが示唆される。
先行研究との比較により、取り組みでは、資金の確保と収支のモニタリングがみられなかった。今後は、より経営に焦点をあてた取り組みができるような支援が重要であることが示唆された。また課題では、教育等も組織的なアウトリーチ化を進める必要があり、行政レベルでの介入も必要と考えられる。

平成28年度(2016年度)国内共同研究

維持期心臓リハビリテーションにおける二次予防と
費用対効果の検討

中山 敦子

東京大学医学部附属病院 循環器内科 助教

中山 敦子

共同研究者
  • 長山 雅俊
  • 榊原記念病院 循環器内科 医師
  • 堀 健太郎
  • 榊原記念病院 理学療法科 理学療法士
研究期間
2016年12月1日~2017年11月30日
背景と目的

心臓リハビリテーション(心リハ)は、心血管疾患の予防・治療に有効と考えられており、日本で急性期(リハ開始から退院まで:PhaseI)・回復期(退院後からリハ開始後150日目まで:PhaseII)を中心として行われ、保険適応は心リハ開始後150日間までである。維持期心リハ(>150日間:PhaseIII)に対しての保険適応は限定的であるが、運動の中断とともに筋量は低下すること、動脈硬化症は永続的な病態であること、臨床の現場では継続的に心リハを要する症例があること、などより維持期心リハの効果を科学的に検証する必要があるが、世界でも今まで検証されたことはない。本研究の目的は、「回復期に続いて維持期も心リハを継続することで更なる予後改善効果やQOL改善効果が得られるか?」を検証することである。

研究内容

榊原記念病院で2004年から2015年までに、経皮的冠動脈形成術(PCI)後、心臓バイパス術(CABG)後、慢性心不全、弁膜症術後、大動脈解離(DA)、大血管瘤(TAA/AAA)のために入院加療した10,529人のうち軽快退院した成人9,949人が対象となった。心リハ開始後150日までに死亡・有害事象(MACE)が起こった患者をすべて除外し、維持期心リハ参加に関わるバイアスを除外した。その結果、急性期のみ(急性期群):4649人、回復期まで(回復期群):3271人、維持期以降(維持期群):731人、が心リハに参加した。まず、急性期から回復期、回復期から維持期への移行予測因子をロジスティック回帰解析し、その結果有意であった因子と予後に影響する因子を傾向スコアマッチング法(IPTW)の因子に採用した。最終的に3 群はIPTWによって背景が補正され、3群の背景因子の偏りは均一化された。3群間で、予後(死亡・MACE)に有意差が生じるかをKaplan-MeierとCox回帰解析で検討した。更に心不全患者へのQOLアンケートを行い、3群間でQOL調査をした。また最後に、費用対効果の評価を行い、維持期心リハが回復期までの心リハよりコストの面でどれくらい差がでるのか、を検討した。

成果

リハ参加因子:急性期→回復期、回復期→維持期の参加に寄与する因子として、「自宅から病院までの距離」が強い陰性因子(HR0.21、HR0.38)であった。予後:MACEは、維持期群が他2群より有意に改善していた(p<0.01)。死亡は、急性期群より回復期群、回復期群より維持期群がそれぞれ有意に改善していた(p<0.01、p<0.01)。予後の疾患別検討:ほとんどの疾患でリハを長く継続するほど効果が見られたが、唯一、肥大型心筋症を合併する患者のみ心リハによって死亡リスクが上昇した。PCI・TAA/AAA・心房粗細動合併症例では、心リハは予後に無関係であった。弁膜症術後・DA症例は、回復期リハは有効であったが、維持期リハでは更なる効果が得られなかった。CABG・心不全・拡張型心筋症・HFpEF合併症例では、心リハ期間が長くなるにつれて予後改善効果が見られた。心不全QOLアンケート(KCCQ):維持期群で他2群よりうつ傾向が改善された。費用対効果:1 KCCQスコア改善に要するコストは急性期群と比較し、回復期群が 152.04 USD、維持期群が 280.66 USDであった。

考察

実臨床では、維持期心リハは日本が圧倒的に世界に先駆けている。これには皆保険制度が大きく影響しているが、そのために本研究では世界初の貴重な知見が数々得られることになった。まず、自宅から病院までの距離を正確に評価し、心リハ参加の陰性因子となることを地図上で明らかにした。続いて、維持期心リハは効果的であることを大規模に確認した。弁膜症術後・DA・肥大型心筋症・心房粗動細動・HFpEF 症例への心リハの結果はそれぞれが貴重な報告であり、各ガイドラインに影響を及ぼしうる。特に心房粗細動への心リハは長らく議論の的であったが、一つの回答が得られた。うつ傾向は、心リハを行っても根本的には改善しないと考えられていたが、長期に行うことでうつが改善される可能があることを示した。費用対効果分析では維持期心リハコストを高いととるか難しいところであるが、今後更なる検討をしていきたい。

研究助成成果報告一覧