ライブラリー

第 28 回

温故知新 ー助成研究者は今ー

「財団助成研究・・・その後」

第21回 平成24年度(2012年度)国際共同研究助成

九州大学病院精神科神経科 講師

加藤 隆弘

「国際調査票開発に基づく現代うつ病と社会的ひきこもり実態調査」

米国ジョンズホプキンス大学への短期留学から帰国したばかりの2012年に、貴財団から「国際調査票開発に基づく現代うつ病と社会的ひきこもり実態調査」と題する課題の助成をいただき、ひきこもりと現代うつの国際共同研究を本格的に推進するための原動力を授けていただき、改めて深く感謝いたします。当時、「帰国したら、欧米の真似事ではない日本人にしか出来ない日本発の国際研究をするぞ!」という思いを強く抱いていたのです。

私は2000年に精神科医になったのですが、ちょうどこの頃ひきこもりが日本独自の社会問題としてハイライトされ、時期を同じくして、従来と違うタイプのうつ病が日本の若者の間で台頭してきたのです。留学前より海外の精神科医との交流や海外からの症例報告を通じて、ひきこもりや現代うつに類する症例が海外にも存在するのではないかと思い始めており、アンケート調査などをしてその可能性を萌芽的に見出していました(Kato et al. Lancet, 378: 1070, 2011)。仮説を証明するための実態調査をしたいと漠然と考えていましたが、当然ながら、一若手医師が自分で自由に活用できる研究費などあるわけもなく、駄目元で申請したのが、このファイザーの助成でした。

助成金を活用し、海外の共同研究者とともに病的ひきこもりの診断基準(暫定版)、および、その診断のための構造化面接法(日本語版・英語版)を開発しました。韓国、インド、米国、日本の4ヶ国で小規模の実態調査を実施したところ、全ての国に病的ひきこもり症例が存在することが分かりました。精神疾患、特にうつ病、回避性パーソナリティ障害、社交不安障害を高頻度で併存していました。

このファイザー助成を出発点として、現代うつやひきこもりの専門外来を立ち上げ、多くの症例の治療に携わってきました。つい最近では、「病的ひきこもり(pathological social withdrawal; hikikomori)」の国際診断基準を新たに開発し、将来のICD/DSM国際診断基準への採用を目指して、この基準の活用を国際的に広く呼びかけています(Kato et al. World Psychiatry, 19: 116-117, 2020 Feb)。ひきこもりや現代うつの自記式調査票も開発しました。

現在日本では115万人を超えるひきこもり者の存在が示唆されていますが、その抜本的な打開策は見出されていません。さらに、私たちの国際調査などを通じて、ひきこもりの国際的な波及が明らかになっており、今後ひきこもりは世界規模の精神保健の問題になるかもしれません。日本でのひきこもりには恥や「甘え」の問題が潜んでおり、国際化の背景にはインターネットの存在が示唆されています。現代うつの長期化がひきこもりを導く可能性もあります。予防法、治療法の開発などこれから取り組むべき課題が山積しています。ひきこもり先進国の日本であるからこそ、日本人がこの領域をリードして、国際連携の元で解決に向けて取り組むべきです。こうした活動に今後も微力ながら貢献できれば幸甚です。

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