ライブラリー

第 25 回

温故知新 ー助成研究者は今ー

「財団助成研究・・・その後」

第20回 平成23年度(2011年度)国際共同研究助成

富山大学名誉教授

盛永 審一郎

研究課題「オランダ・ベルギー・ルクセンブルクの安楽死法の比較的研究」については、『安楽死法:ベネルクス3国の比較と資料』(東信堂,2016年)、『終末期医療を考えるために 検証オランダの安楽死から』(丸善出版,2016年)を刊行し、これで終焉になると思った矢先、オランダから飛び込んできたのが「人生終焉の法」だった。

日本では100歳以上が6万人という長寿社会を迎えた。健康で、頭もクリアーな長寿な人でも、もう十分生きた、ここらで人生を終わりにしたいと痛切に願う人もいる。そういう人も安楽死できるというのが「人生終焉の法」である。新政権ができて、この案件は当面はお蔵入りになったものの、求める声は今も根強くある。

オランダ調査委員会の調査によると、2015年の安楽死要請者は12,200人、安楽死数6,822人だった。要請に応じてもらえなかった5,500人のうち3,000人は、絶食して餓死したり、ためた薬を一気に飲んだりして自死したという。だから安楽死の「注意深さの要件」を満たしていないと判断されたため、願いに応じてもらえない人がまだ2,500人ほどいるということだ。

もう一つの数値がある。それは、安楽死審査委員会報告書にある安楽死した人の医学的基礎疾患という項目である。相変わらず、「がん」が70%と多いが、その表を見ていると、2015年から「複合老人性疾患」という項目が新たに追加されたのに気が付く。これは従来からあった「複合性疾患」とは異なる。例えば、「癌で心不全」、これは複合性疾患であるが、「難聴で、目がかすみ、変形性関節症で失禁」、これは「複合老人性疾患」となる。この項目での安楽死の数が、2015年183件、2016年244件、2017年293件と増加している。この数値に注目すると何が見えてくるだろうか。

高齢にもなれば、体のどこかには不調が出てくる。それは、一つずつ取りあげれば、耐え難く解放されない苦痛ではないし、合理的な治療方法があるだろう。しかし全体としてみると、「耐え難い解放されない苦しみ」と判断できるかもしれない。安楽死数の変化を見ると、70歳以下ではそれほどの変化はないのに、70歳から80歳では、16年1831件、17年2002件、80歳から90歳の安楽死数は、16年1487件、17年1634件、90歳以上の安楽死数は16年522件、17年653件と確実に増加している。

新法は必要ないが、ある程度安楽死法で人生終焉の要請にも、というのがオランダの方向性だと推察される。それでもオランダの安楽死法に対して「すべり坂――自発的安楽死から反自発的安楽死へ――の危険」を感じないのは、どうしてだろうか。それは、信頼性としての「家庭医」、透明性としての「安楽死審査委員会」、患者の自律尊重原則の保障、そして高福祉という制度による。(jbpress.ismedia.jp/articles/-/53441を参照ください)。

研究への新たな扉は、ファイザーヘルスリサーチ振興財団の援助なしには開かれなかった。私の終焉を豊かにしてくれた貴財団に心から感謝したい。

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