ライブラリー

第 15 回

温故知新 ー助成研究者は今ー

「財団助成研究・・・その後」

第15回 平成18年度(2006年度)若手国内共同研究助成

筑波大学大学院人間総合科学研究科 研究部所属 呼吸病態医学分野 講師

森島 祐子

森島 祐子

在宅診療を実践する平野国美氏と、大学病院に勤務する私とがそれぞれの視点から行った“在宅医療の現状および最適化した在宅医療の提供”についての共同研究は、ファイザーヘルスリサーチ振興財団が若手研究者の育成と保健医療福祉の向上を趣旨として、実地診療の場にも研究の機会を与えて下さったからこそ実現したものです。在宅で療養する患者さんとその介護者の声を聞けたことは、現場での実情やニーズを知るうえで貴重な経験となりました。

超高齢化社会を迎えるにあたり、病院完結型医療から地域完結型医療への移行が求められています。しかし、在宅医療、介護保険制度を整備しても“自宅での看取り”は12-13%台で推移しており、政府が掲げる2025年までに40%という目標には到底いたらない現実があります。平野氏のクリニックでは、この12年間に932名の患者さんを自宅で看取ってきました。研究の過程で、私達はそこには統計学的な数字だけでは表現できない何かがあることを知りました。平野氏はそれらの経験をもとに『看取りの医者』(2009年小学館)という本を出版し、その中で自宅での患者さん、家族、そして医療職者のやりとりを丁寧に描いています。実は、この著書は『看取りの医者~バイク母さんの往診日記』(2011年TBS)として大竹しのぶさん主演でドラマ化されたのですが、そこでも人生の終末期における患者さんと家族の葛藤など在宅医療を取り巻く風景が映しだされ、モニターやチューブに繋がれない住みなれた自宅での死が描かれていました。死を目の前にして喉の渇きを訴える夫に女医である妻がとった方法は点滴ではなく、指先で挟んだ氷を夫の唇にそっと添える―そしてその行為で介護される側も、介護する側も完全ではないが納得をする。終末期の医療にあるべき姿というものはない、一人ひとりが違う答えをもっている…というのを実感したシーンでした。

この研究をさせて頂いた頃とは世の中の事情もだいぶ変わってきました。現代における社会問題を象徴するキーワードとして、“超高齢化社会”、“孤老の国”、“老人漂流社会”などが挙げられます。前述のドラマの終盤でも、患者である夫が、川の字で両脇に付き添って寝ている妻と娘にこう呟きます。「家族がいない人は、どう死ぬのだろう?」近年、平野氏のクリニックでも独居老人、老老介護の割合が、かなり増えてきています。そのような中、今年になって平野氏は新たな試みとして98床の住宅型有料老人ホームをスタートさせました。独居の高齢者でも最期まで自宅で過ごすことができる場として、“超高齢化社会”や“孤老の国”に対する一つの挑戦です。

最後に、このような機会を与えて下さったファイザーヘルスリサーチ振興財団に心より感謝申し上げるとともに、次世代を担う若い先生方にも是非このような研究助成を積極的に活用していた だき、研究視野の幅を広げていただければと願っています。

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